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第161話 攻防の行方

「マズい、天狗共が集まって来やがる…爺さん達、家の中に入れ!早く!」


 猫田の言葉を受け、慌てて有達は屋敷の中へ入って息を潜め始めた。猫田は天狗達を迎え撃つべく、屋根の上に飛び乗り、毛を逆立てて構えた。


「うようよとまぁ、。爺さん達には指一本触れさせねーぞ!」


 続々と集結し、上空を旋回する天狗達に啖呵を切り、猫田はシャーッ!と唸って飛び掛かる。近くにいた天狗達は、まるで人形のように呆気なく蹴り飛ばされ、地面に落ちると黒い靄を吐き出していた。


「やっぱり、狛の言う通りか?しかし、この数を殺すなってのはな……!」


 屋根に戻った猫田は、うんざりした様子で天を見上げた。空を埋め尽くすとまではいかないにしろ、まだまだ相当な数の天狗が残っている。しかも、殺さないように戦うとなると、爪や牙、さらには魂炎玉こんえんぎょくを使う訳にもいかないのだ。

 せっかく尾が増えてパワーアップしたというのに…いや、パワーアップしたからこそ猫田の力は強すぎた。殺傷能力が高すぎるのである。


「早くしねーと、狛が…!って、言ってるそばから増えてんじゃねーよ!!バカ野郎!」


 初めに里を襲いにきた天狗達は、もうほとんど狛が倒していたはずだ。にもかかわらず総数が減らず、逆に増えているのは、恐らく白眉が新たに連れてきたということなのだろう。猫田は呆れと焦りから怒りを生み、手当たり次第に鴉天狗達を叩き落としていった。




 一方、狛はひたすら白眉に打ち込みを続けていた。一合、二合と様々な角度から打ち込むものの、それらは全て金剛杖に防がれている。ただ、一見効果が無いように見えているが、白眉がそれを受けるばかりの防戦一方であることから、狛が攻撃を続けることに意味はあるのだろう。顔色一つ変えず、淡々と捌き続ける白眉の様子に空恐ろしいものを感じながら、それでも狛は攻撃の手を緩めはしなかった。


 狛の攻撃が実を結ばない理由は他にもある、それは白眉がことだ。どんなに霊力が高くても、狛は空を飛ぶことが出来ないので、必然的に攻撃は跳躍して、地面に着地するまでの間だけになってしまう。素早い動きと着地から次の跳躍までの硬直を出来るだけ減らしているとはいえ、これではパンチもキックも使えない。どうしても、傘を剣のように使った攻撃手段に頼りがちになってしまっているのだ。


「くっ!いくらやっても隙が無い…でも、まだまだっ!!」


 狛は乱れぬ連撃の最中にも、己の霊力を練り上げ高めていた。いずれ来る一瞬の隙を逃さず、必殺の一撃を叩き込むためだ。もちろん、殺すつもりはないのだが、そんな手加減が出来るほど甘い相手でもない事は、戦っている狛自身がよく理解している。しかし、先に動いたのは白眉の方であった。


「…………梵天、風ノ太刀」


 それまで受けに回っていた白眉が、初めて口を開いた。左手に持った団扇のようなものは、梵天と呼ばれる修験者が持つ幣串の一種だ。本来は風神や悪魔、虫などを払い除ける道具であるはずだが、天狗である彼が持っているものが、人の装備と同じであるはずがない。狛が着地するタイミングを狙って白眉が左手ごと軽く梵天を振ると、狛の足元から強烈な突風が巻き起こり、その身体を飲み込んでいた。


「っ!?っく……!あ、ああああああっ!!」


 着地際を狙われた為に、狛は回避する事も出来ず、また足元から湧き出た風が相手では、防御もままならない。狛は咄嗟に地面を蹴り、弾き飛ばされるように風の中から抜け出した。


「い、今のは…竜巻!?ううん、もっと凄い、違う何かだった!」


 狛の読み通り、それは単なる竜巻ではなかった。現に、ほんの一瞬風に巻き込まれただけで、狛の身体のあちこちが傷だらけになっている。白眉が呟いたその名の如く、想像を絶する勢いの風は、太刀のように鋭く大きな刃となって狛を襲ったのである。もしも、九十九つづらを身に纏っていなければ、狛の身体はあっさりとにされていただろう。まさに天狗の首領に相応しい、脅威の風技だ。


 そこから先は、完全に攻守が逆転した戦いになった。白眉が手首のスナップを利かせて梵天を振ると、狛の足元から風の刃が現れる。狛は試しに大きく距離を取ってみたが、それでも逃がしてはくれない。全力で駆け続け、疾走する事で何とか直撃を避けているものの、いずれ体力が尽きれば避ける事は出来ないだろう。しかも、その場合は風の中からの脱出も難しくなっているだろうから、一巻の終わりである。白眉はそれを見越しているのか、狛が走って回避していても悠々とした態度を崩さなかった。


「このままじゃ…はぁっ、はぁっ!ジリ貧に、なっちゃう…はっ…!なんとか、しないと!」


 少しでも足を止めれば狙い撃ちにされるあの技を封じるには、やはり梵天を破壊するしかない。しかし、その為には現状で鉄壁の防御を誇るあの金剛杖をどうにか潜り抜けねばならないのだ。狛は走りながらその手段を考えていたが、そう簡単には思いつかないようである。まだまだスタミナ切れは程遠いとはいえ、そう長い時間をかけて考えている余裕もない。こんな時、脳裏に浮かぶのは父が教えてくれた、あの言葉だった。


 ――狛!よく見ておくんだ。力だけで倒せない相手に対抗する手段はたくさんある。なんせ俺達は、千年以上もの間、妖怪達と戦ってきた陰陽師の子孫なのだから、先祖から続く経験が最大の武器なんだ――


 大蝦蟇ガマとの戦いの時に、父から聞いたあの言葉、それが狛に元気と力を与えてくれる。そうだ、どんなに完璧に見える妖怪であっても、受け継がれてきた経験という強みが、狛達にはある。ならば。


「えっと、天狗の弱点って……鯖だっけ?そんなの、こんな山の中にあるわけないし……そうだっ!」


 狛は何かを思い立ち、懐に忍ばせていた複数の霊符を手に取った。そしてそれらを隠しながらありったけ起動していく。


「…ここっ!!」


 風刃を避けながらぐるっと円を描くように走ったあと、狛は勢いよく飛び、再び大上段に構えて斬りかかった。太陽を背にする位置取りで、わずかでも白眉の隙を突くつもりだ。だが、白眉は酷く冷静に、金剛杖でその一撃を受け止めた。


「もらったっ!」


 すかさず狛が振りかざしてみせたのは、凍刃符で発生させた氷の刃であった。大蝦蟇ガマ戦で父が見せたように左手に氷そのものを纏わせていた。白眉の金剛杖は狛の傘を受け止めているので、その氷の刃を受けることは出来ない。狛は勝利を確信して、その刃で白眉の首を狙った。


「……梵天、風玉」


 ギラリと鋭い鴉の眼光が光る。白鴉である白眉の目は怪しいまでに輝く赤い光を放ち、梵天をぐるりと回転させた。


「えっ?」


 その瞬間、梵天から小さな透明の球体が発生して氷の刃に触れた。すると、次の瞬間、刃はまるでかき氷機にかけられたかのように、ガリガリと激しい破壊音を立てて粉々に削られ始めた。

 そして瞬く間に削られた氷刃は、空中をきらきらと舞う氷の結晶となって、狛と白眉を包み込む。起死回生の一手かと思われた狛の攻撃は、脆くも崩れ去ってしまったのだ。


 そこで初めて、白眉の顔が昏い悦びを満たした笑顔に変わった。逆に勝利を確信したのだろう、狛にとどめを刺すべく、白眉は梵天を振るおうとした。だが、そこで白眉は動きを止めた。


「……知ってるの。あなた達、天狗の弱点が鯖だって…でも、今この場にそんなのはないから、もう一つの方。それは水、だよね?だからって、そのまま水をかけたってダメ。あなたにはその梵天があるし、いざとなったら飛んで避けられちゃう。だから、凍刃符で氷を作ったのよ。ここまで細かく砕いてくれるとは思ってなかったけどね」


 超微細に砕かれた氷の結晶は、冬の太陽光程度でも、簡単に溶けて水分に変わる。狛は初めからありったけの凍刃符を使い、大量の氷を作っていたのだ。だが、いくら大量の氷といっても水蒸気程度では微々たるものだ。だからこそ、白眉は気付くのが遅れた。


 たった一枚だけ、傘の柄に張られた霊符……その名は水洪符すいごうふ。本来は水を弾丸にして発射する霊符で、火弾符の水バージョンだ。火車などの火を操る妖怪に対抗する用途で作られた霊符だが、これには水を操る副効果がある。それは見る間に水蒸気と化した氷の水分を吸収して、傘の先端から大きな水球を生みだした。狛が風に囚われたように、至近距離から大量の水が生まれ、白眉の上半身はあっという間に水球の中に閉じ込められていった。


「が、ぁッ!?」


 鴉天狗は泳げない事から、水が苦手とされている。上半身だけでも水に浸かってしまえば、パニックになって簡単には逃げられない。もっとも、水上歩行の術や空中を飛ぶ技能を持つ彼らは、わざわざ水の中になど入らないのだから、それを克服する必要などないのだろう。突然現れた水の猛威に、成す術なく飲み込まれ苦悶の表情を浮かべている。


「これで、終わり!」


 そのまま狛は、傘から発した霊力の刃を用い、水中で藻掻く白眉の手を離れた金剛杖と梵天を切り裂いた。見事な作戦勝ちである。


 だが、狛はまだ気付いていなかった。白眉という鴉天狗の真の力に。そして、追い詰められた彼の瞳が更に禍々しい光を放っていたことにも。

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