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第367話 簒奪の条件

「クッククク…フハハハッ!いいぞ。もっと死でこの国を満たせ……!」


 志多羅は一人、ささえ隊本部のあるビルの会議室で嘲笑っていた。彼は常世神の分身だが、正確に言えば完全な分け身ではない。志多羅自身が言っていたように、彼は常世神の意を受け継ぐ子どもなのだ。それ故に、その思考は親である常世神本体とは少し違っている。

 常世神が望んでいるのは、人間の命と魂を己が内に取り込み、自らの体内で完璧な世界を創り上げることだ。ここで言う完璧とは、全く自由と行き場のない富と永遠の命に溢れた箱庭である。魂は何処にも行けず、誰もが使い道のない金銀財宝という富に塗れて永久に眠り続けるのだ。そしてゆっくりとその力を常世神に吸い取られ、やがて常世神と一つになるのである。全てが常世神の中で完結した世界と言ってもよい。


 だが、それはいずれ破綻を迎えるだろう。何故なら、人を食いきってしまえば、魂も命もそこで終わりだからである。


 志多羅はそれを常世神よりもよく解っていて、今は意図的に人間を間引いている段階だ。この国の外にも、人が生きる場所は山ほどある。今の内に殺しておけば、いずれ別の場所で魂は生まれ変わるだろう。何せ、常世神は貪欲という言葉では足りない程に貪欲だ。目に付いた者は、片っ端から喰らい尽くして取り込むだろう。だが、それではあっという間に人類が終わってしまう。それを避ける為の時間稼ぎだ、微々たるものではあるが、少しでも長く母を永らえさせようという意図があった。その為に、かつて常世神が永遠の命を与えて生み出した怪物達を密かに増やして隠していたのである。


 そしてそれらは、この会議室にいた幹部達を真っ先に獲物として狩り尽くし、その後、街に放たれた。総数は決して多くはないが、ここだけではなく予め用意していた日本全国で暴れているだろう。彼らを止められる自衛隊員の中でも、特に素養のある者達はささえ隊に吸い上げて組み込み、現在は監禁状態だ。弧乃木や幻場だけでなく、他の隊員達も、ここに幽閉されていた。彼らを間引かないのは、常世神に捧げる生贄としてである。強い力を持つ魂は、輪廻の中で生まれ変わればより強力になってしまう。まず邪魔者を常世神に取り込ませて、その後を安泰にしようという恐るべき目論見であった。


 むせ返るような血の匂いと、犠牲となった幹部達の死体に包まれ、志多羅は笑っている。まずはこの国の根幹をなし、礎となるを穢す。日本は、天照大御神という太陽神の加護を受けた国である。個々人が何を信仰しどう考えているかは別にして、この国には強力な太陽の力で霊的な防御が備わっているのだ。それがあっては、例え大口真神の張った封印を剥がそうとも、常世神復活の障害となるだろう。故に、まず太陽そのものを死という穢れによって弱らせることも、志多羅が人間を殺す動機になっているのだった。


「直に夜が来る。今や太陽という加護を無くし、今夜は新月で月の力もない。今宵、この地は完全に無防備となるのだ……その時こそ…!見ているがいい、我らが母を排斥した、下らぬ日本の神共よ!」


 志多羅は拳を握り、沈みゆく変色した太陽と神を嘲笑った。遠くでは悲鳴と怒号が、犠牲者の増加を示している。





 引きずるような足音と、酷くゆっくり階段を昇る音がする。メイリーはその音でハッと意識を取り戻し、狭いクローゼットの中で衣服塗れになっている自分の身体を探って確認した。どのくらいの時間が経ったのかは定かではないが、意識を失っていたのはそう長い時間ではなく、身体は無事なようだ。だが、自分がここにいるということは、先程の状況が夢や幻ではないという何よりの証拠だろう。


(ゼンブ、夢だったら良かったのに……)


 クローゼットの中で脱力して、メイリーは大きく溜め息を吐きそうになった。自分が知らない内に夢遊病の患者になっていて、寝ぼけてクローゼットに入り込んだという方がまだマシだ。しかし、現実は違って、相変わらずメイリーを探して怪物が家の中を徘徊しているのは、その足音からして明らかである。

 怪物は知能こそそれほど高くないようだが、未だメイリーを探していることからして、執念深いのは間違いないようである。少なくとも目で見てメイリーを認識したり、音を聞いて集まってきた点からしても、視覚や聴覚は存在していて野生の動物程度の知能はあるとみていい。

 メイリーはホラー映画も好きだったので、決して音を立てて注意を引く事はしないように決めている。だから、溜め息も我慢したのだ。


(これから、どーしよう…)


 狛の言っていた危険がこれの事なら、桔梗の家である神子神社に逃げ込むのが一番だろう。だが、ここに逃げ込んでしまったからには、外に出るのも難しかった。狛の言う事を聞いて家にいたからこそ、外でいきなり襲われるような事態は避けられたが、自宅でここまで追い詰められるのは想定外だった。

 一番いいのは、ここでしばらく様子を窺って、隙を見て逃げ出すことだろう。怪物が全て出て行ってくれれば、割れた窓でも雨戸を閉めて立て籠もれるかもしれないが、備蓄からしてそう長くはもたないはずである。狛が神子神社に行けと言っていたのには理由があるはずなので、何か助かる理由があるのかもしれない。


(後は、あのコワイのが早く出て行ってくれれば…なんだケド……)


 問題はそこだ。いつまでもクローゼットの中では、メイリー自身が耐えられない。トイレはまだ我慢できるが、ここには水も食料もないのである。さっきまで配信をしていたので、正直、喉はカラカラだ、正直な所、そう長い間は耐えられないだろう。

 出来るだけ早く怪物が居なくなってくれる事を祈りながら、メイリーは息を殺してひたすらに待った。そんな時。


 ~~~♪~~~♪


「…あっ!?」


 突然、スマホから着信音が鳴り響いた。画面を見ると、クラスのグループチャットで誰かが発信したらしい。慌てて止めたが、既に音は鳴ってしまったし、その上、驚いてメイリー自身が声を上げてしまっていた。それらは明らかに外には聞こえたようで、複数の足音が集まって来るのが聞こえてくる。

 そして、クローゼットの前に何かが立った気配がすると、それらは勢いよくクローゼットのドアを叩き始めた。


(も、もうダメ…っ!)


 内側からドアを引っ張ろうにも、内側には取っ手すらない。簡単に破壊されそうなドアを前に、メイリーは覚悟をしてギュッと目を瞑った。


 ダダダダッ!ザン!という、勢いよく何かが走り込む音と何かを切る音がして、ドアを叩く音が止んだ。一瞬過ぎて何が起きたのか解らなかったが、突然訪れた静寂に処理が追い付かず、頭がパニックになりそうだった。

 そして、身構えるメイリーを余所に、そっとクローゼットのドアが開いた。


「メイリー、大丈夫か!?」


「か、神奈ぁっ!……よ、良かったぁ…ワタシ、もうダメかと…」


「すまない、家族の安全を確保していて遅くなってしまった。しかし、間に合ってよかった。天眼通でメイリーが生きているのは解っていたが、無事かどうかまでは見通せないからな」


「ナニ言ってるか解んないけど、ありがとお…!」


 天眼通とは、顕明連がもたらす六神通の一つで、生死を見通す神通力のことである。これを使って、神奈は友人知人と家族の生死を見通して確認していたのだ。

 こうして二人は、少し準備を整えた後、神子神社へと向かう事にした。どうやら、この辺にいた怪物は軒並み神奈が倒してくれたらしい。怪物の数自体はさほど多くないのが助かったと神奈は呟いていたが、確認したニュースでは怪物は日本全国に現れているらしいので油断はできない。


 連れ立って慎重に進む道中で、メイリーは気になっていたことを神奈に問いかける。


「ねぇ、コマチは?コマチはどうしちゃったのかな?」


「……解らない。生きてはいるはずだが、連絡がつかないんだ。とにかく後の事は神子神社に逃げてから考えよう…無事でいてくれ、狛」


 既にほとんど沈んでいる変色した太陽の代わりに、暗黒の夜が訪れようとしている。神奈とメイリーは、狛の無事を祈りながら神子神社へとひた走るのだった。

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