意気込んで声を張り上げたものの、三チームで争うような状況では、先に動くのは自殺行為だ。まずは様子を見るべきだった。
なにしろ、俺達以外は、三大HNMギルドのギルドマスター同士。
少なからず因縁のあるであろう二人なら、まず互いを潰しにかかるはずだ。
俺達はそこに便乗して一チーム落とす。それが理想だ。
――あれ? つい最近も同じことを考えなかったっけ?
そんなことを思いながら前方を見やると、ソルジャーと目が合う。
……無性に嫌な予感がする。
「ここで再会するとはな! ショウ、まずお前を仕留める!」
ソルジャーが、満面の笑みで叫んだ。
もう! どうしてそうなるんだよ!
「ショウ、このまま受けて立つのか?」
御者台のメイが、焦りを隠せない声で問いかけてくる。
ゆっくり考えている時間はない。俺は即断した。
「二組だけでやり合えば、ねーさん達が漁夫の利を得るだけだ! 無理にでもねーさん達を巻き込んでくれ!」
「わかった!」
メイは俺の指示に応えて、すぐに手綱を操る。
俺達のチャリオットが、ぎりぎりのバランスで強引に方向転換し、ねーさん達のチャリオットへと向かう。
結果――
ソルジャー達が俺達を追い、俺達がねーさん達を追う、奇妙な追いかけっこの構図ができあがった。
ただ、辛いのは、この状況だと、追いつくまでの間、魔法スキルの使えるアセルスから遠距離攻撃を俺達だけが一方的に受けるということだった。
「くそっ! ねーさん、卑怯だぞ!」
苦し紛れに声を張り上げるが、アセルスからの魔法の雨は止まらない。
ターゲットによる速度補正で三台の距離は縮まっていくが、追いつくまでの間、こちらの体力はジリジリと削られ、それを回復するミコトさんのSPも消耗していく。
――そして。
「まずいぞ! ソルジャーに追いつかれる!」
クマサンの叫びと同時に、後ろから猛烈な殺気が迫った。
振り返ると、ソルジャーの視線がこちらをロックオンしている。
俺達がねーさん達に追いつくより先に、ソルジャーチームに追いつかれてしまった。
「ちっ! とりあえず、こっちの相手をするしかないか!」
俺は包丁を握り直し、後ろから迫るソルジャーチームの方に身体を向ける。
彼らのチームの攻撃者であるソルジャーもアシュラも、名うてのアタッカーだ。この二人から落としていくほどの余裕はない。だから、狙いは王のザ・ニンジャだ。とっとと彼を倒せれば最善、追い詰めるだけでも彼らを引かせることができるかもしれない。
ただ、問題なのは、ザ・ニンジャがその名の通り、職業忍者の回避型タンクだという点だった。忍者は回避力の高さもやっかいだが、分身や変わり身といった回避スキルにより、攻撃をくらわずに標的を引きつけるという戦術を得意にしている。それは、同じタンクでも、クマサンやねーさんとは全くタイプの違うものだ。
安定性重視のクマサンやねーさんとは違い、防御力が低く、攻撃を受けた場合のダメージが大きいため、忍者には事故率が高いという欠点もあるが、防御力を無視した攻撃ができる俺の場合、忍者が持つそのデメリットが意味をもたない。悲しいかな、俺にとっては、単に攻撃が当たらないだけの厄介な相手になってしまう。
「できたら、戦いたくなかった相手なんだが……」
低く息を吐き、俺は包丁に神経を集中させた。
運さえよければ、ザ・ニンジャの回避も分身もすり抜けて、攻撃をヒットさせられる。
そう、運さえよければ……。
…………
……ダメだ、当てられる気がしない。
だが、俺が弱音を吐くわけにはいかない。
今だけはわずかな可能性を引き当てなければならない。
そう決意して狙いを定める――その瞬間。
「ショウ、誰が卑怯だって? 望み通り、やってやろうじゃないの!」
聞き慣れたねーさんの豪快な声が、前方からではなく横から飛び込んできた。
はっと声の方に視線を向けると、ねーさん達のチャリオットが急激に速度を落とし、俺達に並びかけてきていた。
「えっ、ちょっと待って!? マジで!?」
俺は慌てる。
それはそうだ。
この隊列はまずい。
右には俺に並びかけようとするソルジャー達、左には下がってきて俺達に並ぼうとするねーさん達。つまり、俺達は二台のチャリオットに挟まれる形になっていた。
「これはヤバイって!」
だが、何か手を打つより先に、左右の二台が攻撃範囲に入ってくる。
「雷撃斬!」
「メガファイア!」
「
「阿修羅斬!」
スキルの怒涛が、まるで嵐のように襲いかかってくる。
俺もすかさずザ・ニンジャに「みじん切り」を叩き込むが――切り裂いたのは分身だけ。本体には届かない。
一方で、シア、アセルス、ソルジャー、アシュラの四人分の殺意が、容赦なく俺達を切り裂いていた。
俺とミコトさんが大ダメージを負っている。唯一の救いが、敵の狙いが俺とミコトさんにバラけていたことだ。ねーさん達は俺を、ソルジャー達はミコトさんを狙っていた。もし四人の攻撃がどちらかに集中していれば――今頃、俺かミコトさん、どちらかは死んでいただろう。
クマサンは第二撃にそなえてすかさずミコトさんをかばい、俺にはミコトさんからヒールが飛ぶ。
かろうじて体勢を保ったものの、状況は絶望的だった。
左右から挟み撃ちにされ、再度の攻撃は時間の問題。逃げ場はない。
目の前には、近づいてくる魔障嵐。
俺はその死地に目を凝らし、呼吸を整えた。
――まだだ。まだ、打つ手はある。
「メイ、このままチャリオットを魔障嵐に突入させてくれ!」
「えっ!?」
さすがのメイも戸惑いの声を上げた。だが、手綱は緩めていない。
「……わかった」
声色から俺の意図を理解したわけではないことはわかる。だがそれでも、メイはチャリオットを加速させ、まっすぐに魔障嵐に向かわせた。
「ショウ!?」
「ショウさん!?」
クマサンとミコトさんも驚きの声を上げるが、それでいい。仲間さえ戸惑うのなら、敵ならばなおとのことだ。
案の定、ねーさん達とソルジャー達のチャリオットは、魔障嵐を恐れて速度を落とし、俺達のチャリオットだけが抜け出す形になった。こうなればもう攻撃範囲の外だ。
だが、こうして一時的に窮地を脱するのが俺の目的ではない。
俺達のチャリオットは、そのまま魔障嵐の中へと突入する。
バチバチと音を立て、黒紫色の瘴気が俺達を包み込み、容赦なく体力ゲージを削っていく。
――だけど、あの二台のチャリオットから攻撃に比べれば、まだマシだ!
俺は心の中で吼えた。
危険な魔障嵐、しかし、最強クラスの二台のチャリオットがいる場所に比べれば、今は魔障嵐の中こそがむしろ安全地帯だった。