「えっ、私?」
上ずった声を上げたのは柏木だった。その様子に全員の視線が集まった。これからのどを潤そうとしていた時で、手には飲み物を入れたグラスを持っていたが、突然のことにテーブル上に置いて、今自分を指名した矢島のほうを見ていた。
「そんな、私、メニューなんて考えられません」
必死な形相で矢島の話を断ろうとしたが、矢島も冗談で言っているわけではない。それは目が物語っている。わずかの間だが、しっかり見据えられた柏木は、驚いた表情から少しずつ真剣な顔に変わっていった。
「突然何も打ち合わせなく話してしまったけれど、どうしても居酒屋というとイメージしている客層が男性になる。女性のお客様も仕事帰りに会社のみんなということでお越しになるが、日替わりのランチを目的に単独でカフェに行くという感じで来店する人はいない。でも、ランチだとメニュー次第で夜とは違ったイメージで来店する人もいるんじゃないかと思っている。将来的にはそこから夜の時間帯にも立ち寄ってもらえるようになればという思いなんだ。男の俺たちでは 感覚的に分からないところがある。ここは同性同士ということでメニューを考えてもらえたらと思ったんだ」
矢島は今回の考えについて補足説明をした。ランチ自体はありふれたアイデアだったが、そこにどう魂を入れるかで他とは異なったものになる。私は単なるランチならあまり乗り気にはならなかったが、女性を明確に意識したメニューをきちんと入れるなら、近所の店との違いが出せる。そして評判が良いメニューがあれば、そのまま夜にも出せるし、同じ材料でもそれこそ料理次第でどうにでも変化させられる。あえて珍しい材料でなくても、頭の使い方で違うものに生まれ変わらせることが可能なのだ。
このミーティングはお店のスタッフ全員で何とか打開策を考え、一丸となって乗り切ろうということにも関係する。わざわざ今回、私がこのようなミーティングを行なうことにしたのは全員の心を一つにしたいということと、具体的なアイデアが出ればという期待があった。矢島は普段、あまり自分の意見を言わないタイプだが、今回は本気の顔を初めて見たような気がした。
美津子はそのやり取りを聞いて口を開いた。
「矢島君、私はそのアイデア、良いと思うわ。一生懸命メニューを考えるから、柏木さんも手伝ってくれる? これで少しでも現況を変えられれば、大変な時だけど何とか乗り切れそうな気がする。私はもうおばさんだけど、若い柏木さんならその年代ならではのアイデアも出てくるでしょう。こういうことは1号店も2号店もないから、一緒に考えましょう。・・・でもあなた、こんな感じでスタッフ同士でメニューの話なんて、昔に戻ったみたいね」
美津子は私のほうを見て、少し微笑んでいた。私たちがまだ独立前、そのお店ではいろいろなアイデア出しをやり、そこから正式にメニューになったものもある。その頃は仕事以外にそういうことも楽しくて充実していたことを思い出した。
だから、少しでも意識の高揚ができればと思い、少し昔話をすることにした。