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第八五話 残虐なる妖精

 ——スパークにウラカーンを任せて私は走り続けている……。


「……大丈夫かな……」

 最悪のヴィラン「ウラカーン」をスパークに任せて私はお台場の道を走っていた。

 ちなみに私は超加速を使えば、一秒間の間かなりの距離を進むことはできるが、こういう時にスキルを無駄に使うと、いざという時に対応できなくなるので、というのをエスパーダ所長からかなりきつく指導されている。

 というのもヒーローの訓練を始めた当初、超加速を使って移動することで時短を図っていた私だったが、それを常態化するとスキルのクールタイムを突かれて敗北する可能性があるというのを教えられた。

 実際に私の「シルバーライトニング」はスキルのクールタイムは二秒間と破格の短さとはいえ、ヴィランによってはたった一秒で相手を殺すことのできる破格のスキル持ちがいる可能性があるからだ。


『一秒を無駄にしてはいけない、君のスキルを使えば一秒で相手を倒すことも可能だろう?』


 そう言われて自分がそれまでクールタイムを過信しすぎていたことを納得させられた……ついでにその後こってり所長に絞られ、数日まともに歩けないくらい訓練させられた。

 うん、今思い出しても吐きそうになる嫌な思い出だ……口元を抑えながら走っていくと、突然周囲の風景が変化していく。

 東京とは思えない風景、自然あふれる野原……東京というコンクリートだらけの光景に慣れた身としてはひどく郷愁の念を感じさせる。

 そういえば小さい頃、おばあちゃんが住んでいた田舎に帰省して野山を駆け回っていたことがあるな……あの頃は自分がヒーローになるなんて思わなかったからなあ。

「ああ……こんな場所にもう一回行きたいなあ……」


『いけるよ』


「……え?」


『いつでも……連れて行ける』

 急に頭の中に響いた声がそう告げる……どうしてだかその声にひどく惹きつけられた私は走るのをやめて周囲を見渡す。

 い、いや……私はさっきまでお台場のアスファルトで舗装された場所を走っていたはずなのに、そこはまるで地方の山かと思うほどの自然が広がっている。

 なんだこれは……私が辺りを見渡していると、そこにはひどく輪郭の崩れた奇妙な人影のようなものが私を見て立っていた。

 不気味な外見、だがどこか懐かしい気がして私はどうして良いのかひどく悩んだ……敵意を感じない、それどころか驚くくらいその影のような何かに惹かれて仕方がないのだ。

「……だ、誰……?」


『そんなのはどうでもいいよ、君はちょっと疲れているね』


「疲れて……そうかな?」


『そうだよ……ひどく疲れている、そしてここではないどこかに帰りたいと思っているね』

 そう言葉をかけられると確かに私は急に体が重くなり、立っているのもひどく辛いと感じるような疲労感に包み込まれる。

 そうか私疲れているんだ……とその場に腰を下ろすと、途端に強い睡魔が襲ってくるのを感じて、私はうつらうつらとし始める。

 お台場に来る前からかなり緊張していたこともあって、疲労感が次第に私の思考を鈍らせていく……花のような匂いが漂うにつれて、私の意識が飛び飛びになっていく。

『疲れたんだよね? 寝てもいいんだよ』


「そうかな……眠いけどやることがあったような……」


『無いよ、君にできることは何もないよ』


「そんなことは……私、色々やらなくちゃ……」

 目も開けているのが辛い状況の中で、私の意識はギリギリで保たれている……それは心の奥底にある使命感や義務感のようなものだったかもしれない。

 強い疲労と睡魔という荒波の中、その細い使命感だけがかろうじて私の意識を今この場に繋ぎ止めているのがわかる。

 なんで急に眠くなったんだろう? そもそも私は今どこにいるんだっけ……私は、何者だったんだっけ……そこまで考えた私の思考が急速に覚醒していく気がして、私は目を見開いた。

 そうだ、私はお台場を襲撃したヴィランを倒しに……イチローさん達と一緒にと思わず座り込んでいた自分に驚いて勢いよく立ち上がるとともに、私の頭に何かが思い切りぶつかり、私とそれは同時に悲鳴を上げる。


「うきゃッ!!」

「ぐえあっ!!」


 頭にジンジンとした強い痛みを感じて思わず目元に涙が浮かぶ……何にぶつかったんだ? と私が痛みを堪えながら声の方向へと視線を向けると、そこには異様な外見の人物が宙に浮かんでいた。

 年齢はどう見ても幼女のようにしか見えない……だが驚くべきはその少女は宙にふわふわと浮かんでおり、背中には虹色に鈍く光る一対の翅が生えていたのだ。

 まるで毒蛾のような鮮やかな翅は彼女がふわふわと浮くのに合わせて緩やかに動き、その小さな体を宙に浮かべているのがわかる。

 彼女頭には昆虫の触覚にも見える二つの器官が伸びていて、彼女自身を表す言葉があるとすれば私は素直にこう話すだろう『妖精』と。

 だが、そんな彼女は額を抑えながら憎しみに歪んだ瞳で私をじっと見つめていた。

「バカな、なんで起きて……」


「だ、誰……?」


「ふざけんな、特製の鱗粉を撒きまくったってのに……なんでお前は寝ないんだ!」

 鱗粉、毒蛾のような翅、空を飛ぶ……そこまで考えた私の脳裏に昨年発行のヴィラン図鑑にあった記述がおもい浮かぶ。

 該当する記述のヴィランが一人だけ存在する、欧州において数々の事件を巻き起こし凄まじい数の死者を生み出した凶悪なるヴィラン『ファータ』だ。

 ファータは妖精のような外見や愛らしい容姿とは裏腹に、凄まじい残虐性を有した性格をしており、羽から舞い散る鱗粉を使ってさまざまな効果を生み出すスキルを有しているとされる。

 さらに空を自由に飛行し、上空から鱗粉を広範囲に撒き散らすことで無差別テロを可能にしている恐るべきヴィランの一人なのだ。

「ファータ……そうかあんたがファータ……」


「くそッ……なんで鱗粉が効かない……」


「い、いやめちゃめちゃ効いてましたが……」

 うん、めちゃくちゃ効果はあった……正直あの瞬間にも私は意識を手放そうとしていたし、かろうじて意識を取り戻したのは、ヒーローであるという自覚や使命感が細い糸のように私を支えていたからに他ならない。

 私がゆっくりと構えをとるのを見て、ファータは軽く額を摩った後ふわりと空中を一回転するように舞う……月の光に照らされて、翅から落ちる鱗粉がキラキラと輝く。

 この鱗粉には効果が載っていない……だが、図鑑で見た彼女のスキルは鱗粉を使った範囲攻撃だと書いてあったはず。

 つまり……と私が咄嗟にその場から超加速で空中へと飛び上がるのと同時に、それまで私がいた場所が突然ドンッ! という破裂音を立てて紫色の煙に包まれていく。

「あれ? 気がつくのか……」


「あぶ……ッ!」

 紫色の煙はすぐに風に流れて消滅していくが、最初からその場所に鱗粉を撒き散らしていたのだろう……そしてスパークと一緒でファータは視界内にある自分の撒き散らした鱗粉を自由に変化させられる。

 ということだろうか? 私は街灯を軽く蹴って反対側へと飛んで地面へと着地する……足裏にジャリジャリとした感覚を覚え、再び超加速で横っ飛びすると、次は先ほどの地面が突然青い炎をあげて燃え上がった。

 今度は炎?! 私の表情が変わったのを見て宙を舞うファータの口元がニヤリと歪む。


「あはは……! 仕方ねえ、シルバーライトニングはこのファータちゃんが仕留めちゃうゾ♡」

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