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第128話 ある男性との出会い

 リーゼロッテは海に面した市場を歩きながら、前を歩くサラに話しかけた。


「ねえ、リリー。ベラルギーにはオーランドには無い物がいっぱいあるのよ」

「そうね」


 サラは初めて食べた焼きガキを思い出しながら、あのカキを使ってどんな料理ができるか考えていた。

(独特の臭みが少しある牡蠣は、もしかしたら食べ慣れないハンナは嫌がるかもしれない。香草と一緒に炒めたらどうだろうか? 味噌鍋に入れても美味しいかもしれない。がっつりとしたものが好きなエリオットなら、衣をつけて油で揚げたら喜ぶだろうか)

 そんなことを考えていると、リーゼロッテの悲鳴が響いた。


「きゃー!」


 サラが振り返ると、尻もちをつくリーゼロッテがいた。


「大丈夫、リ……」

「わたしは大丈夫よ。それよりもバッグを取られましたわ」


 ひったくり。

 サラの目にリーゼロッテのバッグを持って走る男が目に入った。

 追いかけようと、一歩踏みだしたサラをあの日の出来事が足止めをする。

 魔導書を探して雑貨屋に行った時、ひったくり犯に気を取られて、ハンナを連れ去られたあの事件が脳裏をよぎる。

 お金はどうにかなる。

 それよりもリーゼロッテの方が大事だ。一国の王女だというだけでない。サラの大事な友人に、万が一にでも何かあっては困る。

 サラは犯人を追うことを止めて、リーゼロッテに手を伸ばした。


「さあ、私の手を取って」

「わたしは大丈夫よ。それよりもわたしのバッグが……」


 リーゼロッテはサラの手を取って立ち上がりながら、サラの行動に不満げな様子だった。


「バックはごめんなさい。ピオニーにとってバッグが大切かもしれないけど、私にとってはあなたの方が百倍大事なのよ」

「……どういうこと?」

「……」


 サラは、これまで話したこと無かったハンナのことを、リーゼロッテに話そうかと思案していた時、遠くから二人に声をかける男性がいた。

 フードを深くかぶった背の高い男が、リーゼロッテのバッグを手に持って近づいてきた。


「おーい、さっき、ひったくりに遭ったそこのご婦人たち」


 その姿にリーゼロッテは怯えて、サラの背中に隠れる。

 サラは油断なく男性に頭を下げた。


「ありがとうございます。とても助かりました」

「いや、たまたま通りかかって、よかった」


 サラはフードの奥の赤い瞳が優しく笑ったのを見た。

 大切なあの人を思い出す赤い瞳。

 でも、あの人はこんな所にいるはずがない。使節団に参加していないのだから。

 ちらりと見える日に焼けた肌。フードからこぼれる金色の髪。

 サラが呆然と見ていると、男性は手を上げて去ろうとする。


「あの……」


 反射的だった。その言葉の先を何一つ考えていなかった。なぜ呼び止めてしまったのか、サラ自身分からなかった。

 でも、口から言葉が飛び出してしまったのだ。

 そのサラの呼びかけに、男は足を止めた。


「どうかしましたか? バッグの中は見ていませんが、何も取られていないと思いますが……」

「え、あっ、別に疑っているわけじゃないんです。ただ……」

「ただ?」


 サラは何かを言わなければと頭の中でグルグルと言葉を探した。


「お礼……そう、お礼。お礼をさせてください」

「え!」


 それはサラの後ろで隠れているリーゼロッテの驚きの声だった。

 男の対応はサラがしてくれて、その陰に隠れていれば良いと思っていたリーゼロッテだった。そんなリーゼロッテには、サラの言葉は思いがけないものだった。だから、リーゼロッテは願った。

 男の人が、お礼を辞退してくれることを。

 そして、男はリーゼロッテの希望通りの言葉を発した。


「いや、礼は結構だ。別に俺は礼が欲しくて助けたわけじゃないんだが……ぐー」


 お礼を辞退する男の腹が鳴った。

 お腹を空かせいる人が目の前にいる。サラにとって理由はそれだけで良かった。


「ご飯をごちそうさせてください。さあ、ピオニー。この辺りで美味しいお店に案内して」

「え! わたし?」

「そうよ。大体、バッグを取られたのはあなたでしょう」

「まあ、そうなのだけど……でも、わたしたち、さっき、カキを食べたところよ」

「お礼なのに、なんで私たちも一緒に食事をするのよ。私たちは飲み物だけでも良いでしょう」

「そうだったわ。ちょっと待って……」


 サラに言われてリーゼロッテは慌てて、頭の中で店を検索し始めた。

 そんな二人をおかしそうに見ていた男は、サラに言った。


「この状態で断るのも失礼にあたるのだろうな。実は朝早くから歩き回って、腹は空いているんだ」

「それは良かったわ。でも、この辺りはお店も多いはずなのにどうして、食事をしないの?」

「そうなのか? この辺りは良く知らないんだ」

「知らないのに歩き回っていたの? 何か探していたの?」

「それは……」


 男が口を開こうとした時、リーゼロッテが大きな声を出した。


「あ! あのお店が良いわ。お兄様も好きって言っていたもの! さあ、二人とも行きましょう」


 そう言って、リーゼロッテはサラの手を引いて歩き始めた。

 急に引っ張られたサラは、男に向かって言った。


「すみません。ついてきてください」


 こうして変装し、身分を隠したリーゼロッテとサラは、フードで顔を隠した男とともにレストランへ行くことになったのだった。

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