「確かタカミ、さんでしたよね? あの時はお世話になりました。わたしに何か御用でしょうか?」
「ははは、警戒するのは当然だろうけども悲しいものだね。僕は仁君の敵に回った覚えはないんだけれども」
敵は味方のフリして近づいてくるものだし、そんなコトを言われたのならなおさらよ。
肩を軽く竦めながら苦笑いを浮かべる狐稀人を前にして、わたしの緊張が伝わったのかカイルとイサミも警戒態勢を取っている。
日が落ちきってるわけでもないし、人通りもあるからこの場で滅多なことを起こされる可能性は低いだろうけども。
「まぁいいさ、これも僕の罪だと言えるのだろうからね」
「……用が無いならこれで失礼しますが」
「あぁ失敬失敬。ちゃんと用ならあるんだよ、ただここは場所が悪い。ついてきてくれないかな?」
邪気を感じさせない微笑みだ、この上なく胡散臭い。
一度しか会って話したことはない相手だ、ついてこいなんて言われてわかりましたなんて言えるはずもない。
「話に、ならないな」
「まったくだ」
カイルとイサミがわたしを守るかのように前へ立ってくれた。
「僕は、キミたちに聞いているんじゃない。出雲鳴に聞いているんだよ」
微笑みを携えたままであっても、薄っすらとモノを言わせない位の威圧感が伝わってくる。
……わかってるわ。
仁っていう稀人がイレギュラーであることなんて、痛いくらいに。
それでも、稀人と一緒に未来を歩めるかもしれないという希望がわたしにはあったから。
「カイル、イサミ。先に帰って」
「ご主人っ!?」
わたしならできるが、わたしにでもできる事があるに変わったのはいつだろう?
仁に引け目みたいなものを感じるようになったのはいつだろう?
そんな気持ちがあるからというのも今の決断を引き出した要因に違いは無い。
でも、一番は。
「逃げられない……うぅん。多分、逃げちゃいけないんだと思うから」
「いい判断であり決断だね。流石に仁君の隣に立つ者、そのうちの一人というべき、なのかな?」
「そういう言い方、きっと彼は嫌うわよ」
「そう、そうだね。そういう彼に、なったのだろうね。あぁ、失言だったよ。気にしないでくれ」
きっと仁だけならず迷惑をかけることになる、その確信はある。
心配だって……ふふ、心配してくれるって思えるのが心地いいわね? ごめん、仁。
「イサミ殿。行こう」
「カイル!?」
「あなたがお嬢をそこまで気に入ってくれるのはうれしいが、少し意外だった。一刻も早くジンに伝えることこそ、だろう?」
「……いがいというのは、こちらのせりふ、だ。わかった」
最後にカイルとイサミが鼻先を寄せてきてくれて。
「いってきます」
二人の頭をゆっくり撫でて、覚悟を改める。
「僕がキミを害することは無いと誓おう……なんて約束は?」
「冗談は止してください。既に害を受けているというのに」
「やれやれ可愛げがないことだ」
「可愛いと思ってもらいたい相手に言われて初めてショックを受ける言葉ですね」
実は少しどころじゃなくて怖かったりする。
足は自分でわかるくらいには震えてるし、強がりだってわかって強がる言葉を言ってるとも実感してる。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
でも多分、これが最後でこれで最後。
そんな予感と、あなたの隣に立ち続けるために。
「ここ、は?」
「マレビトムラという言ってしまえば稀人のセーフハウスだね。僕が管理しているんだ」
村、という割には随分と殺風景だ。
いや、廃ビルの地下に相応しい光景ではあるのだから、殺風景と思う方がおかしいのだけれど。
「キミは随分とわかりやすいね」
「……自覚はあります」
「ふふ、素直なんだか素直じゃないんだか。そう、村という単語には相応しくない場所だろう。あるいは、こんな場所を村と呼ぶほかに無くしたキミたちへの当て擦りというべきかもしれないね」
「っ……そう、なのかもしれませんね」
容赦ないな、タカミさんは。
でも、事実としか言いようがないのは確か。
仁と一緒に行動するようになって、知った被っていた裏社会のことを少しだけ知ることが出来て。
表と裏の戦いがどういう風に行われたかなんてわからないし、結果がどうであっても人間は稀人を裏社会へと追いやったのは事実だ。
「意外だね」
「意外?」
「初めて会ったころのキミなら、きっとそう言う顔はしなかっただろう」
「それどころか鼻で笑っていたかもしれませんね」
生憎と少し前の自分を省みる機会には困らなかったからね。
「そう言うのなら……初めてお会いしたあなたが、そんな曖昧な笑顔を浮かべる人だと言うのも意外ですよ」
「はは、一本取られたかな。まぁそうだね、キミと同じように省みる機会にだけは困らなかったからね」
わたしと同じように、か。
あの取引の後もわたしを気にかけていた、っていうのは違うか。
情報価値のある人間として動向を意識に入れていたからこそ、そんなことが言えるんだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
「タカミさんは、何を省みたんですか?」
「……自分の罪について、かな」
罪、ねぇ。
人間は生まれながらに罪を背負って生きているとかそんな宗教的な話だろうか。
「罪、ですか。聞いておいてなんですが、答えてくれるとは思いませんでした」
「そうだね、その感覚は正しい。僕も、今でなければきっと……それこそ仁君や素子君にも話さなかっただろう」
前を歩くタカミさんの足は何処となく弱々しい。
仁は、弱くても力強く前に進もうとしていた。
多くの稀人は、弱さに甘えて歩くことすら止めていた。
この人……稀人は。
「迷って……ううん、悩んでいるんですね」
「悩んでいる? ……あぁ、そうか。これが、悩みというものか。久しく忘れていたよ」
歩かされているとでも言うのか、歩くしかないから歩いている。
そんな風に見える、思えた。
「ただ、どの道僕に出来ることはここまでで、後は仁君が……ううん、長野仁と雨宮悠が指し示してくれるから」
雨宮悠、仁が追っている稀人で素子さんの仇。
その決着が、タカミさんにとって何を指し示す?
「僕は情報屋だ。ここまでついてきてくれたことへの報酬として、キミに一つ情報を明け渡そう」
「じょう、ほう?」
不意にタカミさんの足が止まって、振り向かれた。
顔は凍ったような無表情で、そのまま背にある扉に入れと手を向けて。
「この先に、キミが追っていた存在がいる」
「っ!?」
心臓が、跳ねた。
「数奇な運命、ではないよ。僕が仕組んだ、知っていながらそう誘導した。ある意味黒幕は誰だと言われたならそれは僕だろう」
待って、そんな準備はしていない。
知りたかったお母様の死の真実は、仁がきっと掴んでくれるはずだったのに。
「いや、これは仁君の功績さ。彼が歩んだ道があったからこそ、キミは今ここに立っている。元々、キミに開示する予定はなかったし……それどころか。こうして案内することはなく、拉致が基本路線だったからね」
何を、言われているのか。
跳ねた心臓は痺れとなって指先に伝わってきた。
それでも、なんだろう。
「さぁ、開けるといい。そこに、キミが知りたかったモノがある」
手が勝手にドアを開けようとする。
足も勝手に前へと進もうとする。
「――初めまして、ではないが。
「あなた、は」
部屋の中に、いた
「オレは雨宮悠、お前の母をお前の父の命令によって殺した犯人だ」
無感動に、告げた。