「鳴っ!!」
「わっ!?」
勢いそのままにディアパピーズへと帰って来てみれば、メディレインのことで忙しいだろうに時間が空けば雑務をしてくれている智美がいた。
「お、お帰りなさいですわ仁さん。血相を変えて如何なさいました?」
「あ――わ、悪い」
驚きで持っていたドッグフードが落ちて、新選組の皆へと渡る前に零れてしまった。
何処となく恨めし気な皆からの視線に少しだけ冷静になれたよ、いやごめん。
「仁さん? 鳴さんでしたらカイルとイサミの散歩に行っておりますわよ?」
「まだ、帰って来てないんだな?」
「え、ええ。もう直に帰って来られると思うのですが――何かありましたか」
言いながら智美の表情が変わった。
緊急事態、あるいはそれに準じる何かがあったのだと意識的に切り替えてくれたんだろう、助かるよ本当に。
「わからない」
「わからない、ですか」
「ただの予感でしかないんだけど……智美。鳴の携帯に電話をかけてみてくれないか?」
「はい」
事実をそのまま言えばいいだけではあるけれど。
電話をかけてくれている間に深呼吸を一つ、頭に昇った血を落ち着ける。
「……仁さん」
「つながらない、だろう?」
「そう言うこともある、と納得できるものではありますが」
ただ事ではないと思ってくれている。
あるいは俺への信頼か、少なくとも鳴に何か危険が迫っているのではないかと感覚を共有してくれた。
「不在着信で情報屋から連絡があってな。折り返したんだけど、電話の契約自体が切られているみたいで」
「予感に従って安否確認のために鳴さんへ連絡を取ってみればこれ、ですわね?」
「あぁ。もちろんただの偶然って可能性もあるんだけど……何か、気になるんだよ」
事実を口にしていれば頭が冷えてきた。
先生の件と鳴の件はまったく別次元の位置にあるものって可能性のほうが高い。
実際、智美も別件であるって方に認識を深めているのだろう。
考え込んでくれているがどことなくあった焦燥感みたいなものは薄まっている。
「協力者とあの二人にとあるマレビトムラへと向かってもらってる」
「そこで何もなければ安心できるということですわね? 失礼致しました。では確定するまで緊張を緩めませんわ」
気を取り直すように智美は一つ息を吐いた後雰囲気を固いものに変えてくれた。
俺がこれだけ焦ってるんだからお前も焦ってくれ、みたいなちょっとしたわがままになってしまったかな。
いや、でも虫の知らせとでも言うのかこの感覚は――
「――いやな予感に限って、当たるものなんだよな」
「はい……改めて、申し訳ありません。ここからは、絶対に緩みませんので」
智美と揃って、外をこれ以上ないほどに急いで駆けてきているカイルとイサミの気配を感じ取った。
同時に、床に零れたドッグフードを食べていた新選組の皆が頭をあげて。
「仁殿っ!!」
「じんっ!!」
がらんがらんと、いつもより遥かにうるさいドアベルの音を響かせて、カイルとイサミが帰って来てくれた。
「――そっか」
自分でも驚くくらいに、カイルとイサミの話を聞くことが出来た。
「仁、さん?」
「いや、大丈夫だよ智美」
それは、あんまりにも無だったから逆に心配されてしまうほどに。
「なんでだ? って言うのは、よくよく考えるまでもなく。俺は先生と仲間になってはなかったから、ってことだろうから」
そういうことなんだろう。
多分、あの時がターニングポイントだった。
自分の足で、鳴と智美たちと目指すべき道を見つけて歩こうと決めた時、先生とは決定的に袂を別ってしまったということ。
「仁さん……」
「裏切られたって感じはあるよ、もちろんって良いのかわからないけどさ。ただそれ以上に、これは俺の見落としって奴なんだろう。カイル、ごめんな。鳴を一緒に守るって約束してたのに」
「約束を破られた。なんて、思っていないぞ仁殿」
「それに、これから、だろう? じん」
変わらぬ信頼に胸が温かくなっても、浸っている場合じゃあない。
そうだ、これは俺の見落としだ。
俺が先生のことを情報屋として見たように、先生もまた俺のことを別の何かで見たということ。
先生は俺に、何を見た?
いや、それよりも先に、どうするか、だ。
「智美」
「はい、何なりと」
虚勢を張れ。大丈夫、大丈夫だ。
鳴を害することが目的だとしたら、今頃カイルとイサミも一緒にどうにかされている。
そうじゃないということは、生かす理由があるはずだ。
「非治安区域に入る許可を取りたい」
「……仁さん」
「わかってる。けど、これは同時にやるべきだと思う。全員で鳴の捜索なんてどう考えても無駄でしかない」
「っ……」
カイルが一瞬何か言いたげな目を向けて来たが、黙殺する。
ごめん、本当に。
「名目は……そうだな、非治安区域に収監されてる稀人の健康チェックだなんだってあたりが使えるかも?」
「そう、ですわね。メディレインの社会的周知は想像以上に早く進んでおります。性急と言える範囲にまで至ってしまいそうですが、注目度向上のためと言えばスジは通るかと思いますわ」
「なら、うん。初音さんと協力して、その方向で進めてもらって良いか?」
少しだけ考え込んだ後、智美はしっかりと頷いてくれた。
「カイル、イサミ」
「ああ、仁殿」
「うむ」
捜索に力を入れるべきは、今じゃない。
マレビトムラには先行して真紀奈たちが向かっているんだ、そこの確認を終えてからこそが動くとき。
「まずは二人とも、少し休んでくれ」
「なっ!?」
「……うごくときは、いまじゃない、と?」
「俺の力の影響下にあっても体力は無尽蔵ってわけじゃない。動くときはまだ少しだけ先になると思う。その時、全力で動けるように、頼むよ」
イサミに、というよりはカイルへとお願いする。
「ぐ、ぅ……」
カイルもわかっているはずだ。
ここまで一生懸命に走って来てくれたせいか、脚が少し震えているしこのまま無理を通しても足手まといにしかならないだろうことは。
「カイル、頼む」
わかっていると信じている。
わかってくれていると信じている。
心の奥底で、何もかもを忘れて、この感情のまま突っ走りたいと考えている部分があるなんて。
でも、それで上手く行くことなんて、ないから。
「……ご主人を、お嬢を、頼む、仁殿」
「任された」
これでいい。
そう、大丈夫、大丈夫だからなカイル。
お前と俺の大切を、失わせてなんかやらせない。
「よし……。智美、俺は協力者と合流してくる」
「承りました。どうか、ご無事で」
ひとまず、これでいい。
マレビトムラへ、急ごう。