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第13話 本気

「明日はいよいよ師匠の元へ行きます。師匠は人里離れた場所で暮らしていて人付き合いもあまりなく、少し偏屈ですが悪い人間ではないので気にしないでくださいね」




 ヴェルデとローラは屋敷のバルコニーでお茶を飲んでいた。いよいよヴェルデの師匠であるクレイと対面するとあってローラは既に緊張している。




「あの、以前ヴェルデ様はお師匠様の魔法が何らかの形で私を守ったとおっしゃっていました。ですが、お師匠様は今現在、この時代に生きている方です。どうして百年も前の私に魔法をかけることができたのでしょうか」




 ヴェルデの師匠がなぜ百年前の自分に関与することができたのか、ローラはずっと気になっていた。実力のある魔術師であればそれが可能なのだろうか。




「あぁ、それは……師匠も百年以上生きているからです」




 少し躊躇いがちに、苦笑しながら言うヴェルデを、ローラは呆然と見つめていた。




「百年以上、生きている……のですか?」


「えぇ、魔力量が多く、その魔力を自在に自分のエネルギーに変換できる魔術師は、それによって寿命を延ばすことができるのです。もちろん、そんなことができる魔術師はそう多くはありませんが」




 そんなことがあり得るのだろうか。だが、実際にヴェルデの師匠がそうだと言うのだから、あり得ることなのだろう。




「師匠も魔法の研究に没頭している方で、満足するまで研究がしたいからと百年以上も生きているんですよ。実際のところ、師匠の本当の年齢は私も知らないのです」




 やれやれと言う顔で苦笑しながらヴェルデはため息をつく。




「……と言うことは、もしかしてヴェルデ様も寿命を延ばすことが?」




 そんなすごい魔術師の弟子であり、百年も眠り続けていたローラを目覚めさせることができたヴェルデだ、きっとできるに違いない。ローラが思わず尋ねると、ヴェルデは静かに笑って言った。




「できますが、今の年齢は延ばしていないそのままの年齢です。まぁ、私もいずれは師匠のように満足するまで研究を、とは思っていましたが……あなたに出会ったので、寿命を延ばす必要は無くなりました」




 どういう意味だろうか?ローラが不思議そうな顔で見つめると、ヴェルデは優しく微笑んで言った。




「あなたがいなくなった世界にいつまでもいたいとは思いません。あなたと共に同じ時間を同じだけ過ごすことができれば、それで十分です」




 ふふ、と嬉しそうに笑うヴェルデを、ローラは信じられないものを見る目で見つめる。




「そんな……満足しないまま途中で研究をやめてしまうおつもりなのですか?せっかく寿命を延ばして心ゆくまで魔法の研究できるのに……私なんかのために、ご自分の夢を諦めてしまうだなんて間違っています!」




 ローラの指からティーカップがはずれ、カシャン、と音がして受け皿にお茶がこぼれ落ちる。思わず大きな声を出してしまい、ローラは自分で驚いてしまったが、それだけヴェルデの言うことに納得できなかったのだ。




「夢を諦めるわけではありませんよ。確かに研究は大好きです。ですが、それよりも大好きで大切なものを見つけてしまったのですから、むしろ新しい夢を手に入れたと思っていただく方がしっくりきます」




 なんてことはない、当然だと言うような顔でヴェルデは言う。この人はどうしてそんな風に思えるのだろうかと、ローラは不思議でたまらない。


 自分を目覚めさせてしまったことが、そんなにも責任を感じてしまうことだったのだろうか。知らぬ間にヴェルデを縛り付けてしまっていたのかもしれないと、ローラは苦しくなる。




「そんな……意味がわかりません。どうしてそんなに私を……いくら目覚めさせてしまった責任感とはいえ、あまりにもご自分を犠牲にしすぎています」




 呆然としながら言うローラに、ヴェルデは少しだけ厳しい顔つきになった。




「前にもお伝えしましたが、あなたと共に生きることは私にとって責任感ではありませんし、義務感でもありません。あなたと一緒にいることが、あなたの居場所を造ることが、私が心から望むことなのですよ」




 真剣な目でじっとローラを見つめるヴェルデを、ローラは不安げに見つめ返した。




「そんな、ヴェルデ様がそこまで私を思ってくださる理由が全くわかりません、隣国の、百年も眠り続けていた私のような人間を、なぜ?」


「それは……いずれ分かる時が来ます。とにかく、私があなたと共に生きていきたいと願うのは、私自身からわき上がるものです。ローラ様が思っているようなことではありません。それだけは、ちゃんとわかってほしい」




 そう言って、ヴェルデはぐっとローラに近寄り、ローラの頬にそっと手を添える。その距離は今にも唇が触れてしまいそうな距離で、ローラは驚きのあまり目を背けた。心臓はバクバクと高鳴り、顔は火が出てしまいそうなほど熱い。




「ローラ様、目を逸らさないで、私を……俺を見て」




 取り繕うのをやめ、ヴェルデは本来の口調でローラに話しかける。急なギャップにローラの心臓は口から飛び出そうになった。


 すり、と頬に添えられた手が優しく頬を撫でる。その仕草に、ローラは思わず身じろいだ。そんなローラを、ヴェルデは目を細めて見つめると、静かに微笑んだ。




「……なーんて、ね。今日はここまでにしておきましょう。あまりやりすぎるとローラ様に嫌われてしまいますし、それは困る」




 すっと頬から手を離してヴェルデはローラから離れた。ヴェルデの顔を見ると、嬉しそうに笑っている。




「か、揶揄ったのですか?!」


「違いますよ、揶揄ってなどいません。ですが、急すぎるのは嫌でしょう?少しずつ、でも確実に距離を詰めようと思いますので、覚悟していてくださいね」




 爆弾発言をされて、ローラは思わず目眩がする。




(か、覚悟って、今のようなことが、また、起こるということなの?)




 もしそうであれば心臓がもたない。ローラは思わずヴェルデから距離を取ろうとするが、その分ヴェルデは近寄って距離を縮める。




「いずれ俺の本気をちゃんとわからせてあげますから。あなたのことは逃しはしませんよ、絶対に」




 そう言って、ヴェルデは妖艶に微笑んだ。





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