俺は獣人王国の王子バーレント・セリアン、王の側室の子として生をなした。
ただ、側室の子として生まれただけで、王を継ぐことは適わなかった。
しかし、王の正室の生んだ異母弟は獣化しても子犬にしかなれないどうしようもない獣人王子だった。
そもそも未だかつて獣人王国で子犬の王が誕生したことなどないのだ。
王は竜や熊、最悪でもカバとか象だった。
それが成人の犬ならまだしも可愛い子犬など、獣人王国を統べるにはあまりにも威厳に欠けているだろう。
何しろ異母兄の俺は虎なのだ。虎と子犬が争ったら確実に虎が勝つ。
その事実が獣人共に知れ渡ってからは俺を押す勢力がにわかに大きくなった。
大臣の多くも俺様を押すようになった。
ただ、王はかたくなにマクシムを推していた。
マクシムは獣化した自分の非力を剣術にて補おうとしていた。
しかし、剣術など所詮人間のお遊びだ。
獣化した虎や竜に勝てる訳はないのだ。
それなのに弟は獣化しても勝てないので剣に頼ろうとしたのだ。獣人が獣化に頼らなくてどうする?
獣人は獣と化してこそ価値がある。
それを弟は子犬にしかなれないので、誤魔化そうとしたのだ。
そんなのを獣人の俺達が許せる訳はなかった。
俺達は一計を案じた。
俺は国境視察にかこつけてマクシムを誘った。マクシムは何も疑わずに付いてきた。本当に馬鹿だ。
俺達は国境地帯を見て回った。とある川沿いの小さな町に寄った時だ。
マクシムが少人数で街を歩いているところを金で雇った賊に襲わせたのだ。
マクシムの剣もおもちゃの剣に代えていた。剣がおもちゃの剣にすり替えられているのに気づいたマクシムの驚きはいかがなものだったろうか。
俺はマクシムの側近の1人を寝返らせていたのだ。
マクシムの側近達は次々に凶刃に倒れた。
あっという間にマクシムは一人になって川に追いやられていた。
最後は俺様が獣化して止めを刺してやろうとした。
襲いかかってくる虎相手にマクシムは善戦した。しかし、素手で虎に対抗できるわけはなかった。俺は鋭い爪でマクシムを切り裂き、腕に噛みついたのだ。
しかし、俺が油断したすきに、なんとマクシムは川に飛び込んでくれたのだ。
俺は失敗したのに気付いた。
まあ、しかし、この急流にマクシムが生き残れるとは思わなかった。
俺は追っ手をかけたが、マクシムのその後の行方は知れなかった。
俺は取りあえず、王都に帰った。
父は弟の失跡に驚いて一緒にいた俺を責めたが、周りの大臣達が庇ってくれた。
弟が賊に襲われて行方不明になったのだ。これで俺の王太子への就任が決まったと俺は思った。でも、なかなか父は俺を王太子に指名しなかった。
まだどこかに弟が生きていると希望を持っていたのだ。
俺は殊勝にも弟を探すと父に言って弟の行方を追った。見つければ今度こそ止めを刺そうと思ったのだ。まあ、生きているとは思えなかったが……
でも、俺の執念深さが実った。
俺はマクシムが落ちた川の下流で我が国の属国のセントラル王国の国境地帯で、不審な集団を拘束したと聞き、直ちに向かった。
その一団は西のモルガン王国の宰相の一族らしい。
なんでも、国王の怒りを買って父の宰相を殺されて、北のノース帝国に亡命する途中らしい。
まあ、その小国のモルガン王国のお家騒動など俺からしたら関係無かったのだが、その中の1人が話したことに注意が向いたのだ。
なんでも、子犬がいきなり剣士になって斬りかかってきたというのだ。
その剣士の腕前は凄まじく、兵士達の大半がその男に斬られたそうだ。
子犬から人間に戻って剣士になるものなど弟しかいない。
俺はその亡命を望んでいる娘に言ってやったのだ。
「父の仇を撃ちたいか?」
と。
女は頷いたのだ。
俺が説明すると喜々として俺に協力すると申し出てくれた。
俺はマクシムを暗殺することにした。
その女アレイダが言うにはその剣士さえ殺してくれたら後は大したことはないそうだ。
まあ、我が国の属国にしても良いだろう。
属国の王がしばしば宗主国の愛人と言うことはままあることだ。
アレイダは俺から見ても美人だった。
話によるとアレイダはノース帝国の皇帝の血も引いているそうだ。
ノース帝国の後ろ盾があれば父を下ろして俺が獣人王国の国王となるのも簡単だろう。
まあ、マクシムさえ殺せばもう俺しか継ぐものはいないから問題はないが。
失敗した時にいくつもの策を持っておくのは当然の事だ。
俺はアレイダの手引きによって、俺の配下をモルガン王国に潜入させることにしたのだ。
俺は配下を選別した。
「バーレント様。本当にその白い騎士を殺せば私をモルガン王国の女王としてくださいますの?」
「くどい。俺はマクシムさえ死ねば唯一残った王子になるのだ。獣人王国の王太子となれば軍を動かすのも容易い。獣人王国の軍は普通の国にくらべれば戦力は二倍と考えて良かろう。その方を援護するのも容易い」
俺はそう言うとベッドの中でアレイダを抱きしめていた。
「嬉しい。バーモント様」
アレイダは俺に抱きついてきた。
俺はこの作戦が失敗するなどみじんも疑っていなかったのだ。