目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第89話 覚醒

 コトハは浄化の力を最大限引き出せるよう、祈りを捧げようとした。その時――。


「コトハ、これを渡しておく」


 そう言ってイーサンから手渡されたのは、形見の蒼玉だった。渡されたそれに視線を向けたコトハは、驚いてイーサンの顔を見る。


「これは……」

「預かっていた蒼玉だ。もしかしたら役に立つかもしれない。マリさんに掛かっていた呪術を解除する事ができたのは、この蒼玉のおかげだと思う」


 マリにかけられた呪術へと近づけた時、蒼玉が温かくなったのだとか。コトハはイーサンからそれを受け取ると、お礼を告げる。その様子を見たイーサンは右手を上げて、怪物と戦う二人の元へ向かっていった。

 コトハは蒼玉を握りしめ、祈りを捧げていく。すると、コトハの手にある蒼玉がほんのりと熱を持っていた。それと同時に自分の浄化の力が以前と比べて増えているような気がする。

 どうやらこの蒼玉には浄化の力を増幅させる力があるようだ。三人が斬りつけている間に、コトハはもう一度浄化の力をぶつけるため力を解放する。


 辺りが光に包まれ、コトハだけでなく三人も眩しさから手を止めて思わず目を瞑る。それと同時に、三人には人間の叫び声のような音が耳に入ってきた。

 光が消えていくと同時に目を開けた三人が見たものは、怪物の身体に穴がいくつか開いている光景。普通の人であれば……いや、竜人であっても死んでいるだろうと思われる怪我ではあるが、どうやら呪術や穢れからできている怪物には、致命傷ではないらしい。

 だが、相手も相当危機を感じているのか……先程よりも動きが早く、鋭く、重くなっていく。浄化前では三人がかりで拮抗していた状態だったが、現在は少々三人が押されている状態だった。


「くっ……!」


 最初に声を上げたのはズオウだった。ズオウは浄化後、新たに穴から現れた触手のようなもので短刀を捕らえられていた。触手の拘束が強いからだろうか、短刀が動く気配はない。

 そして同様にヘイデリク、イーサンも触手によって短刀が押さえつけられており、びくともしない。三人とも拘束から抜けるよう、手を尽くすが微動だにしなかった。


 三人がそれで手こずっている中、ふと怪物の視線がコトハを捉えたような気がした。そしてその怪物は目や口がないにもかかわらず、ニタッと笑ったように見えたのだ。

 そんな怪物の様子に再度浄化の力をぶつけようと、祈りを捧げようとしたコトハだったが、その前に怪物が飛び上がる。そして怪物はコトハの前に立ち塞がり、手のようなものを振り上げ――。



 時は遡り、イーサン、ズオウ、ヘイデリクの三人が黒い繭に対峙していた頃。

 アカネは屋敷の中から、外の様子を伺っていた。屋敷の窓からは黒い繭の様子を見る事はできなかったが、周囲に蔓延する穢れが只事でない事を示していた。


「コトハ様……」


 アカネの口から思わず言葉が漏れた。

 そんな時、周囲一帯が光に包まれる。それを見て、コトハの浄化だと彼女は気づく。浄化の光は今までにない強さであった。これであの繭も消えるのではないか、と考えたが……。


「……まだ何かを斬りつけている音が聞こえる。終わっていないみたいだ」

「そんな……!」


 彼女はジェフの言葉に呆然とした。コトハを守りたい、そう思っていても自分には何も力がない事を改めて突きつけられる。彼女にできる事は、穢れを見る事だけ。胸の前で両手を握りしめるアカネ。その肩は震えていたため、ジェフは優しく寄り添った。

 肩から感じる彼の温もりに、段々と心が落ち着いてくる。そして神に縋るかのようにアカネは祈りを捧げた。


「星彩神様、女神アステリア様。私にもコトハ様を助けられる力が欲しいです……! どうか――」


 彼女が口に出したその時、彼女の手の中から光が漏れた。ジェフがその光に驚いていると、アカネの目がゆっくりと開いていく。

 その瞳には先程浮かんでいた悲しみや悔しさなどの色はなく、力強い光が宿っている。同時に、後ろから騒がしい声が聞こえた。先刻捕らえた元年寄衆たちが声を上げたのだ。


神座かむくらにある宝玉が光っているぞ!」


 ジェフがそちらへと顔を向けると、神座に置かれていた箱が光っている。その光の神々しさに目が離せないでいると、隣にいたアカネが箱に向けて歩き出した。

 普段の彼女とは違い、堂々と優雅にあるくアカネ。全員が彼女に目が釘付けとなる。そして神座の前に立った彼女は、光が収まった箱に手を伸ばしてそれを取ろうとした。

 だが、そんな彼女の行動の意図に気がついたのは、元年寄衆たちだ。


「触るな! お前のような娘が触っていいものではない!」

「盗人が……!」


 彼らの言葉にジェフが睨みつける。その圧に三人は震え上がったが……彼らは再度アカネを睨みつけた。そんな中、アカネに尋ねたのはマリだ。


「アカネさん、その宝玉が何か役に立つの?」

「はい。以前、星彩神様とお会いした話をしたのは覚えていらっしゃいますか?」


 普段のオドオドする彼女は鳴りを潜め、三人に怯む事なく落ち着いて話すアカネ。


「確か転移陣が発動したら、星彩神様の元にアカネさんがいた、という話だったわよね」


 アカネは頷く。その言葉に驚いたのが、元年寄衆の三人だった。


「なっ!」

「星彩神様の名を語るとは! 不敬な!」

「それも嘘なんだろう!」


 そう彼らは吠えるが、ジェフが足を思いっきり床に叩きつけたからか、三人とも竦み上がる。それを冷めた目で見たアカネは、ポツポツと話し始めた。


「星彩神様のお言葉で、『力が欲しいと思った時には、宝玉を手に取りなさい』とお告げをいただいておりまして。それは今ではないか、と思いこちらの宝玉を貸していただこうと考えました」


 アカネの言葉に三人組はまた何かを告げようと口を開こうとするが、自分の意思に反して声を出すことができなかった。昔の彼女をよく知っている三人は、アカネの底知れぬ雰囲気に怖気付き始めたのだ。勿論、ジェフの事もあるが。

 アカネはそんな三人から視線を外し、遠くから歩いてくる男性へと声をかける。


「宝玉をお借りしてもよろしいでしょうか、セイキ様」


 先程の話は聞こえていただろうと判断し、アカネはセイキへ向けて頭を下げた。彼は肩に担いでいた長老の亡骸を下ろすと、彼女へと顔を向ける。淡々と告げるアカネに最初は驚いていたセイキだったが、彼女の瞳に決意の色がある事を理解すると、彼は首を縦に振った。


「ええ、良いですよ」


 その言葉に案の定、三人が食いついた。


「セイキ! お前……!」

「代々伝わる宝玉だぞ……!」

「あんな小娘に触らせるなど……!」


 やいのやいのうるさい男たちにセイキは一喝した。


「黙りなさい! 罪を犯したあなた達には! そのように言う資格はありません! ……それに、宝玉を使えばコトハ様たちを助けられるのでしょう?」


 アカネはその言葉に首を縦に振る。それを見たセイキは目を伏せた。


「若様、コトハ様……そしてイーサン殿とヘイデリク殿は、シヨウを包んだあの黒い繭と格闘しております。コトハ様の浄化も効いているのですが、繭全てを浄化するに至らないようなのです。アカネ嬢、皆様をお助けください……このままでは……。どうかよろしくお願いいたします」


 セイキが頭を下げる。彼の悲痛な表情に元年寄衆は息を呑む。静かになった屋敷の中で、外の戦闘音が響いていた。


 アカネは頭を下げたセイキに「全力を尽くします」と答えると箱の前に立つ。そして箱を近くに置かれていた机にゆっくりと下ろし、蓋を開けて宝玉に触れた。その瞬間、宝玉が光り出す。アカネは最初驚くが、すぐに何かを理解したのか宝玉を胸の前に掲げる。そして目を瞑り、祈りを捧げた。


 そんな彼女の姿を、周囲は呼吸も忘れて見つめていた。宝玉を手に取ったアカネの姿は神々しい。ふとどこかで似た光景を見た事あるな、とジェフは考えて……神子の儀式を思い出した。あの時のコトハとそっくりなのである。


 アカネは宝玉を空に掲げた後――。


「皆さん、今五ッ村が消滅の危機に瀕しています。の集落の方向へ祈りを捧げてください」


 そう呟いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?