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第41話

「ここは……」

 気が付くと、私は芝の上に寝そべっていた。

 当然ながらこれまでの出来事が夢だったというオチではない。

 リュートの転移魔術で転送された先がここだった。それだけのことだ。

 寝そべっている理由は、着地に失敗したという情けないものだけれど。

「森……ね」

 見上げた先に空はほとんど見えない。

 青々と茂る森に阻まれ、ただ木漏れ日が届くだけだ。

「もうちょっと特殊なマップだったら、どこか分かるんだけど」

 あいにくと異世界どころが元の世界の植物にも詳しくないのだ。

 木々をいくら見つめたところで、ここがどこかなんて分からない。

 もっと特徴的なオブジェでもあってくれたのなら、原作知識で分かったかもしれないのだが。

「ソーマ君?」

 私はかたわらに倒れているソーマへと声をかける。

「ん……」

 返ってくるのは寝言のような声だけ。

 念のため、彼の口元に顔を近づける。

「呼吸は安定してると思うけど」

 聞こえてくるのは規則的な息遣い。

 不安定であったり、変なイビキをしているなんてこともない。

 私の知識でわかる範囲では、特に異常はなかった。

「それなら、寝かせておいたほうが良いのかな?」

(起こしてみて、勇者モードのままだったら困るわよね)

 なにせ、さっきまで覚醒の余波で正気を失っていたのだ。

 今起こしたとして、ソーマが正気を取り戻していなかったら最悪だ。

 それならいっそ思う存分寝ておいてもらったほうが良いのかもしれない。

「食料……なんて、見ても分からないわよね」

 そうなると私は手持無沙汰なわけで。

 気を利かせて食料を探そうと思い立つも、それも一瞬で頓挫する。

 なにせ私は、ここにある物のうちどれを食べてもいいかを判別できないのだから。

 元の世界でできないことを、こちらの世界でできるはずもない。

「解毒の魔術が使えるなら、賭けに出るのもアリかもだけど」

 さすがにそこまでのギャンブルをする蛮勇はなかった。

 異世界の毒なんて一発アウトになりかねない。

 遠回りな自殺どころか、ド直球な自殺である。

「本当に私って、なんにもできないわよねぇ」

 思わずため息がこぼれた。

(結局、ソーマが起きるまで待つしかないか)

 森を抜けるにしても、彼を担いで歩くわけにもいかない。

 彼が目覚めるのを待たなければ、ここを離れることもできないのだ。

 そんなことを考えていると――

「っ!」

 聞こえた咆哮に私は肩を跳ねさせる。

 今のはおそらく遠吠えだ。

 とはいえ、こんな森に棲んでいるのが可愛いワンちゃんという可能性はワンチャンスたりともないだろう。

「うそ……」

(モンスターの鳴き声よね?)

 私は周囲を見回す。

 特になんの気配も感じない。

 とはいえ、私の気配察知能力なんてなんの信頼もできないわけで、

「そりゃあ町の外なんだし、いてもおかしくないとは思うけど……!」

 分かることと言えば、こんなところに呑気に座っている場合でないことくらいか。

(よりによって今じゃなくてもいいじゃないのよ!)

 内心で毒を吐きながら、私はソーマへと声をかける。

「ソーマ君! 起きて……!」

 だがその声は届かない。

 軽く頬を叩いてみても、彼が目覚めることはなかった。

「ここまでしても起きないってことは、ただ眠ってるわけじゃないのかも……」

(まだ勇者の力が馴染み切ってないから……とかかしら)

 さすがに、彼がありえないレベルで爆睡しているなんてことはないだろう。

 もしそうだったら、私は怒ってもいいと思う。

「って、そんなこと考えてる場合じゃないわよ……!」

 私は慌てて彼の腕を掴む。

 手間取りながらも彼の体を担いでゆく。

 背負い投げ一歩手前とでも表現すべきか。

 そんな人を運ぶ姿勢としては適切なのか微妙な格好だけれど、そこは仕方がない。

「乱暴で申し訳ないけど、許してねっ」

 エレナの体とソーマの体。

 男女差もあり、なかなかに体格差がある。

 そうなると必然的に、担いでいてもソーマの足は地面についてしまう。

 そのせいで彼を引きずることになってしまったが、こればかりは許してほしい。

 私だって必死なのだ。

(ここなら隠れられそうね)

 近くにあった大樹。

 その根元には穴があった。

 余裕があるとまでは言えないが、密着すれば私たちが潜むことも可能だろう。

 ソーマを背負って逃げられない以上、ここに隠れるしかないだろう。

「せい……やぁ!」

 転がるように私たちは穴へと入っていく。

 というより転がり落ちた。

 とはいえ、きっとその判断は正しかったのだろう。

 私たちが穴に隠れた直後、何者かが茂みから飛び出したのだから。

「隠れたはいいけど……」

 穴の中。

 私はゆっくりと顔を出し、周囲の状況を確かめる。

「あれって……フォレストウルフかな?」

 そこにいたのは緑色の狼だった。

 先程聞こえてきた遠吠えは彼らのものだろう。

 見える範囲では3頭といったところか。

 しかし群れだと考えると、見えない位置に他の個体がいてもおかしくはない。

「フォレストウルフがいるということはゲーム的には中盤くらいのマップかなぁ」

 私の記憶では、フォレストウルフが出てくるのはそれくらいの時期だったはず。

 適正レベルとしては30くらいか。

(つまり、見つかったら私は即死ってわけね)

 要するに、一般人の肉体なんて一瞬でミンチということだ。

 見つかれば逃げる間もないことだろう。

「げ」

 そんなことを考えていると、鼻をひくつかせていたフォレストウルフがこちらを向いた。

(狼なんだから鼻が良いに決まってるわよねぇ……!)

 犬だってそうなのだ。

 異世界に住む狼型のモンスターの鼻が役立たずなんてこともないだろう。

(まずい……完全に見つかってる)

 杞憂であってくれ。

 そう願っても、あきらかにフォレストウルフたちはこちらを捕捉している。

「ソーマ君……」

 私は振り返り、ソーマの肩を揺り動かそうとして――止まった。

(ってなにを考えてるのよ)

 思わず拳を握る。

 敵が来て、真っ先にすることがソーマに助けを求めるだなんて。

 私は何をしにここに来たんだ。

(私はソーマに守られに来たんじゃない。ソーマを。リュートを守るためにここに来たんでしょ!)

 そう自分をしかりつける。

(とはいえ、私にできることと言えば――)

 だが、現実が変わるわけでもない。

 そんな変わらない現実の中、私の持ちうる手段を模索する。

 残るものと言えば――

(助けて……!)

 私は懐から紙人形を投げた。

 人型の紙はふらふらと浮遊しながら穴を出てゆく。

 それがフォレストウルフの気を逸らしてくれたら。

 あるいは、誰か援軍を呼ぶことができたのなら。

 そんな思いを人形に込める。

「はは……呪術を学んで、ソーマたちを守るって決めて……それでやることが助けを求めるなんて、情けないわね……」

 空笑いが漏れてくる。

 自分にできることがいかに矮小なのか。

 それを思い知らされ、打ちひしがれてしまう。

 あと私にできることなんて、身を挺してソーマより先にモンスターの餌になるくらいだろう。

 もっと私に――


「――そうですか?」


 そんな声が聞こえた。

 同時に飛来する無数の矢。

 それは正確にフォレストウルフたちを撃ち抜いてゆく。

「ときに、助けを求めることは大切だと思いますよ」

 フォレストウルフを撃退したであろう人物が、私たちの前まで歩いてくる。

 そこにいたのは弓を携えた男性だった。

 腰まで伸びた緑髪。

 尖った耳はエルフが持つ特徴だ。

 いや。そんな遠回しな表現に意味などないのだろう。

「まさか、貴女に助けを求められるとは露ほども思っていませんでしたが」

 だって、私は彼のことを知っているから。

「エレナ=イヴリス嬢」

 彼は、聖魔のオラトリオのネームドキャラなのだから。

「な…………」

(うそでしょ……まさかこんなところで会うなんて)

 私は情けなく口を開いたまま茫然とすることしかできない。

 たしかに、この世界に来てからネームドキャラと出会うことは何度もあった。

 だけど彼と出会うことになるなんて全く想定していなかったのだ。


「……ユリウス=アトリー」


 そこにいたのは聖魔のオラトリオの攻略対象の1人、ユリウス=アトリーだった。

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