警報音が耳をつんざくように鳴り響き、談話室の空気は一瞬にして緊張感に包まれた。
「これは……緊急クエスト…」
黒磯が端末を見つめ、震える声で呟いた。
俺は端末に目を落とし、そのクエスト名を確認する。
「クエスト名……『ANAT日本支部襲撃』……」
その言葉に全員が硬直した。
どんな状況なのかを頭で整理しようとするが、心臓が急に早鐘を打ち始め、思考が定まらない。
雷が舌打ちをしながら立ち上がる。
「とにかく行くわよ」
俺たちは騒然とした雰囲気の中、司令部へ向かうための専用列車に乗り込んだ。
列車は地下を走るため、窓の外には漆黒の闇しか見えない。揺れる車内で、重い沈黙が続く。
「ANATが襲撃されているだと?」
黒磯が険しい顔で呟く。「なんで日本支部なんだ……」
俺はその横顔をちらりとだけ見て、端末の詳細情報を確認した。
「なんでって、そんなの決まってるでしょ」と雷。
「矢神臣永――彼のアカウントが狙われているのよ」
「矢神さんが……」
天草が顔を青ざめながら呟いた。
雷は端末を握りしめ、低い声で続ける。
「矢神臣永は
雷の言葉に、みなが生唾を飲む。
「でも、ゲームからログアウトせずアクセスを切ることもできない。つまり、その生命装置を破壊されれば、アカウント保持者は適切な処置が受けられず、いずれ死亡する」
「てことは、それ、矢神さんだけじゃない……」
水上が恐る恐る言った。
「ええ、SENETに囚われたままの人たち全員を殺すつもりだわ」
その言葉が響く中、車内に張り詰めた緊張感がさらに高まる。
「ふざけるな……!」
黒磯が拳を固めて叫ぶ。
列車が停車し、俺たちはアクセスルームへと駆け込んだ。
そこで出迎えたのは、慌ただしく動き回る職員たち。
端末や機材が並ぶ光景が、緊迫した空気をさらに強めている。
その時、スピーカーから龍崎司令の冷静な声が響いた。
「全プレイヤーへ通達。即時、アクセス準備に入れ。本クエストではゲートの防衛を最優先とする。繰り返す――ゲートの防衛を最優先とする!」
俺たちは顔を見合わせ、緊張を飲み込んだ。
「めずしいね~、防衛クエストだ~」
翠の口調はいつもどおり軽いが、その目は真剣だ。
「……行くぞ」
俺は立ち上がり、決意を込めて言った。
雷が薄く笑いながら言う。
「当然。返り討ちにしてやるわ」
「うん!絶対に守ろうね~!」
翠が頷き、頬をぺちっと叩き、気合いを入れる。
俺たちはそれぞれのクレイドルに向かった。
VRゴーグルを装着し、クレイドルに体を横たえる。
接続が開始されると、体が徐々に重力から解放されるような感覚に包まれた。
『|Login sequence starts《ログインシーケンス開始》』
英語の音声が響き、俺は深く息を吸い込む。
(矢神さん、他のプレイヤー、葉奈……みんなは、俺たちが守る!)
全身を鮮やかな光が包み込む。
次の瞬間、強烈な引力に引き込まれるような感覚――そして視界が一気に開ける。
目を開けると、そこは荒野にそびえ立つ古城だった。
6つの門を備えた巨大な城壁が広がり、その中央には鋭利な刃物のようにそびえ立つ塔。
塔の頂上には、王の間があり、そこにゲートが設置されている。
「俺は……4の門の防衛か」
手首のアクセスパネルを確認し、指定された門へ向かう。 砂混じりの風が頬を打つ中、階段を駆け上がると、城壁の上には既に多くのプレイヤーたちが配置についていた。 門ごとに部隊が編成され、緊張感が漂っている。
「総員へ通達!」
鋭い声が上空から響いた。 振り返ると、塔の上に誰かが立っている。 彼女だ――白波梓だ。
梓は、砂埃で霞んだ太陽を背に俺たちを見下ろし、毅然とした態度で口を開いた。
「司令部の推測によると、敵の目的は二つ。一つは、矢神臣永のアカウントの完全消滅。そしてもう一つ――SENETに囚われた全ての人間を殺すこと」
その言葉が空気を鋭く切り裂く。 プレイヤーたちは無言で武器を握りしめ、表情が一層引き締まる。
「だけど、私たちには守るべきものがある。このゲートを破られるわけにはいかない。私たちが最前線でそれを防がなくちゃならない!」
彼女の声には迷いがなかった。 だが俺は、その言葉の裏に何か違和感を感じ取っていた。
――本当に信じていいのか……?
心の中に、ふと疑念がよぎる。
――敵を招き入れたのは、梓、おまえなんじゃないのか?
自分でもそんな思いを抱くことに嫌気がさしたが、完全には否定しきれない。
「任せてよ!絶対にやらせないから!」
その時、力強い声が場の緊張を破った。
塔の横手から火が上がり、その炎の中から雷が姿を現す。
槍を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべている。
雷の視線は白波梓に向けられていた。
その目には挑発の色があり、言葉にはしないものの、彼女もまた白波を疑っているようだ。
「……信用してるんだからね。足引っ張らないでよ?」
雷がわざと軽い調子で言う。
「もちろん」 白波は淡々と返すだけだったが、視線がわずかに鋭くなる。
二人の間に短い沈黙が流れる。
だが、その緊張はすぐに白波が断ち切った。
彼女は静かに手を挙げ、高らかに宣言する。
その声が荒野に響き渡った。
「これより、ANAT日本支部防衛クエストをはじめる!」
号令と共に、俺たちは一斉に武器を構えた。