古城の中央にそびえる塔。
頂上に取り付けられた巨大なアナログ時計が目を引く。
その針が鈍い音を立てて動き始めた。時計のデザインはどこか異様だ。秒針の動きが通常よりも速く感じられる。
「……おかしいな」
じっと針を見つめていた俺は、ふと気づいた。
この時計は90分で一周するように作られている。針の動きが速いのはそのせいだ。
つまり、この時計そのものが、俺たちの生き残りを賭けたタイマーだった。
「つまり、90分持ちこたえればいいってことか」
思わず口にする。
時計が示すのは、防衛クエストの耐久時間。
それが過ぎれば、クエストクリアというわけだ。
六角形の城壁。その4の門に配置された俺の周囲には、緊張感に包まれた一般プレイヤーたちが集まっていた。
その中で目に留まったのは、水上凪と遠野美雪の二人だった。いつも通りに見えるようで、どこか様子が違う。
「よかった。賢くんも同じ場所だったんだ」
凪が俺に声をかけてきた。
だが、いつもの冷静な雰囲気とは異なり、わずかに焦りが滲んでいる。
「どうした、水上。おまえがそんな顔してたら、みんな不安になるぞ」
俺は軽く肩をすくめて返すが、凪はぎこちなく笑うだけだった。
「……ううん。平気!」
「凪ちゃん、本当に平気なの?」
美雪がそっと問いかける。
その声は冷静だが、親友を心配する感情が微かに滲んでいた。
「うん、大丈夫! こんなのへっちゃらだよ」
凪が肩をすくめるように答えたが、その手は微かに震えていた。
普段なら、緊張する美雪を落ち着かせるのが凪の役目だ。
だが、今日は逆のようだった。
その様子に、俺は思わず眉をひそめる。
「珍しいな。いつもは美雪が心配されるほうなのに」
冗談めかして言うと、美雪が少しムッとした表情を浮かべた。
それに凪がくすっと笑う。
「ふふ、そうだね。うん。私がしっかりしなきゃだよね」
凪が顔を上げ、いつものような柔らかな笑顔を浮かべた。
「よし、頑張らなくちゃ……っ」
その時、鋭い声が上空から響いた。
「全プレイヤーに通達!」
振り返ると、塔の頂上に立つ白波梓がこちらを見下ろしていた。
砂嵐を背に立つ彼女は、毅然とした態度で指示を出す。
「ゲームのクリア条件は、この城を90分守り抜くこと。失敗すれば――」
その言葉に場の空気が一瞬凍りつく。
「矢神臣永のアカウントの完全消滅。ひいては……SENETに囚われた全てのプレイヤーが死ぬことになる」
梓の声は冷静だが、その内容の重さが場に緊張を走らせた。
「大丈夫……大丈夫……」
凪がポツリと呟く。その声に、俺は思わず答えた。
「ああ、大丈夫だ。俺たちは、もう何度も死線を潜り抜けてやってきたじゃないか」
「そうですよ。いつも通り、やるべきことをやるだけです!」
美雪が断言する。その言葉は凪を支えるようだった。
「だよね……私たち、絶対に負けないもん」
凪が力強く笑った。その笑顔には、ほんの少しだけ影があるような気がした。
俺は塔の中央に取り付けられた巨大なアナログ時計を見上げた。
不意に、地鳴りのような音が遠くから響いている。
「……来るぞ」
俺は呟いた。
砂混じりの風に黒い影がぼんやりと浮かび上がる。
その輪郭が徐々に明確になる。
「敵が見えた!」
梓の声が再び響き渡り、場の空気が張り詰める。
「総員、準備を整えて!」
梓が叫ぶと、プレイヤーたちがそれぞれ武器を構え始めた。
俺もガン・ダガーを構え、凪と美雪を振り返る。
その瞬間、凪がリボンを手元に引き寄せ、軽やかに構えた。
「よし、準備オッケー!」
凪がにっこり笑う。その顔には、もう迷いは見えなかった。
「守りましょう! 賢くん!」
美雪が静かにレイピアを構える。その冷静さに、俺は少し安心した。
「ああ、やるぞ……!」
自分に言い聞かせるように呟き、迫りくる影に目を向ける。
秒針がカチリと音を立て、ANAT日本支部防衛戦が、今、始まった。