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第8章: Defensive Game①

8-1: The Sands of Dread(恐怖の砂塵)

古城の中央にそびえる塔。

頂上に取り付けられた巨大なアナログ時計が目を引く。

その針が鈍い音を立てて動き始めた。時計のデザインはどこか異様だ。秒針の動きが通常よりも速く感じられる。

「……おかしいな」

じっと針を見つめていた俺は、ふと気づいた。

この時計は90分で一周するように作られている。針の動きが速いのはそのせいだ。

つまり、この時計そのものが、俺たちの生き残りを賭けたタイマーだった。

「つまり、90分持ちこたえればいいってことか」

思わず口にする。

時計が示すのは、防衛クエストの耐久時間。

それが過ぎれば、クエストクリアというわけだ。

六角形の城壁。その4の門に配置された俺の周囲には、緊張感に包まれた一般プレイヤーたちが集まっていた。

その中で目に留まったのは、水上凪と遠野美雪の二人だった。いつも通りに見えるようで、どこか様子が違う。

「よかった。賢くんも同じ場所だったんだ」

凪が俺に声をかけてきた。

だが、いつもの冷静な雰囲気とは異なり、わずかに焦りが滲んでいる。

「どうした、水上。おまえがそんな顔してたら、みんな不安になるぞ」

俺は軽く肩をすくめて返すが、凪はぎこちなく笑うだけだった。

「……ううん。平気!」

「凪ちゃん、本当に平気なの?」

美雪がそっと問いかける。

その声は冷静だが、親友を心配する感情が微かに滲んでいた。

「うん、大丈夫! こんなのへっちゃらだよ」

凪が肩をすくめるように答えたが、その手は微かに震えていた。

普段なら、緊張する美雪を落ち着かせるのが凪の役目だ。

だが、今日は逆のようだった。

その様子に、俺は思わず眉をひそめる。

「珍しいな。いつもは美雪が心配されるほうなのに」

冗談めかして言うと、美雪が少しムッとした表情を浮かべた。

それに凪がくすっと笑う。

「ふふ、そうだね。うん。私がしっかりしなきゃだよね」

凪が顔を上げ、いつものような柔らかな笑顔を浮かべた。

「よし、頑張らなくちゃ……っ」

その時、鋭い声が上空から響いた。

「全プレイヤーに通達!」

振り返ると、塔の頂上に立つ白波梓がこちらを見下ろしていた。

砂嵐を背に立つ彼女は、毅然とした態度で指示を出す。

「ゲームのクリア条件は、この城を90分守り抜くこと。失敗すれば――」

その言葉に場の空気が一瞬凍りつく。

「矢神臣永のアカウントの完全消滅。ひいては……SENETに囚われた全てのプレイヤーが死ぬことになる」

梓の声は冷静だが、その内容の重さが場に緊張を走らせた。

「大丈夫……大丈夫……」

凪がポツリと呟く。その声に、俺は思わず答えた。

「ああ、大丈夫だ。俺たちは、もう何度も死線を潜り抜けてやってきたじゃないか」

「そうですよ。いつも通り、やるべきことをやるだけです!」

美雪が断言する。その言葉は凪を支えるようだった。

「だよね……私たち、絶対に負けないもん」

凪が力強く笑った。その笑顔には、ほんの少しだけ影があるような気がした。

俺は塔の中央に取り付けられた巨大なアナログ時計を見上げた。

不意に、地鳴りのような音が遠くから響いている。

「……来るぞ」

俺は呟いた。

砂混じりの風に黒い影がぼんやりと浮かび上がる。

その輪郭が徐々に明確になる。

「敵が見えた!」

梓の声が再び響き渡り、場の空気が張り詰める。

「総員、準備を整えて!」

梓が叫ぶと、プレイヤーたちがそれぞれ武器を構え始めた。

俺もガン・ダガーを構え、凪と美雪を振り返る。

その瞬間、凪がリボンを手元に引き寄せ、軽やかに構えた。

「よし、準備オッケー!」

凪がにっこり笑う。その顔には、もう迷いは見えなかった。

「守りましょう! 賢くん!」

美雪が静かにレイピアを構える。その冷静さに、俺は少し安心した。

「ああ、やるぞ……!」

自分に言い聞かせるように呟き、迫りくる影に目を向ける。

秒針がカチリと音を立て、ANAT日本支部防衛戦が、今、始まった。


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