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8-2: Command in Chaos(混乱の指揮)

地平線の向こう、砂嵐に覆われた黒い影が、ついにその全貌を現した。

無数の神徒たちが整然と進軍してくる。

その数は圧倒的で、視界を埋め尽くすほどだ。

「迎撃準備! ピーターパンを前線に据え、各員、ゲートを死守せよ!」

塔の頂上から|白波梓≪しらなみあずさ≫の冷静で毅然とした声が響き渡る。

その言葉が戦場に緊張感を一層高めていく。

「緋野も黒磯も天草も、他のゲートか……」

俺は苦々しく呟いた。

頼れる顔ぶれがいないことに胸の奥で不安が広がるが、今は考える暇もない。

俺たちがいる4の門には、古めかしいバリスタがいくつも並んでいた。

だが、戦闘経験の少ない一般プレイヤーたちは、その扱い方すら分からず戸惑っている。

「前に他のゲームで使ったことがある……俺が教えるしかないか」

ため息をつきながら周囲を見渡したその時、ひとりの少年が静かに前線へと上がるのが目に入った。

「……あ、おい」

思わず声をかけようとした俺に、|水上凪≪みなかみなぎ≫が応じた。

「大丈夫だよ、賢くん。あれがこの門を守るエースだから」

「エースって……あの子がピーターパンなのか?」

まだ小学校を出たばかりにしか見えない姿に、思わず目を細めた。

「そうだよ、|浮水彪≪うきみずひょう≫くん。日本支部最年少のピーターパンなんだって」

凪の声には驚きと感嘆が入り混じっている。

確かに彼はピーターパン部隊の徽章を背負っていた。

だが、どう見てもまだ子どもにしか見えない。

「浮水さん、援護します」

俺は彼に近寄り、声をかけた。

だが、彼はちらりとこちらを見ただけで小さく首を横に振る。

「僕がやるから、君たちは下がってて」

その静かな声には、子どもらしさのかけらもない冷静さが宿っていた。

「いや、一人でやるなんて無理じゃ――……」

「僕一人で十分。二度も言わせないで」

浮水は淡々とそう告げると、バリスタにも目を向けず神徒の群れへ向かって歩き出した。

その背中は小柄ながらも不思議な威圧感を放っていた。

「……なんだよ、邪魔するなってか」

苛立ちを覚えた俺に|遠野美雪≪とおのみゆき≫が静かに声をかける。

「賢くん、どうしますか?」

その冷静な問いに、俺は即答した。

「もちろん。浮水の思い通りにはいかせない――みんな聞いてくれ!」

俺は門に集まったプレイヤーたちに向かって声を張り上げた。

「バリスタは俺が教える! 神徒が近づいたら、それを撃つだけでいい!」

プレイヤーたちはまだ動揺していたが、続けて俺は力強く訴える。

「大丈夫! ちゃんと運用できればバリスタは強力だ! 敵と間近で戦わなくて済む!」

言い切ると、プレイヤーたちはようやく動き始めた。

俺がようやく胸を撫で下ろした、その時、背後から冷たい声が響いた。

「……ずいぶんと偉そうに指示出してるな、灰島ぁ」

振り向くと、二人の少年が立っていた。

ひとりは腕を組み、威圧感を漂わせる|秋月一馬≪あきづきかずま≫。

もうひとりは痩身で鋭い目を持つ|三輪蓮≪みわれん≫だ。

二人の顔を見た瞬間、記憶が蘇った。

「結城翔が特級神徒に身体を奪われたことは特殊機密だ――」

大規模攻略戦を終えたあの日、早乙女美月と龍崎司令が厳しい表情で俺たちそう言い放ったのだ。

「翔は……おまえの部隊にいたんだよな」

一馬が冷たく言い放つ。

「ああ……」

俺が答えるや否や、一馬が詰め寄ってくる。

「なんで、守ってやれなかった」

その声には明らかな怒りが込められていた。

「……それは」

俺は言葉に詰まる。翔の神徒化は緘口令が敷かれている。

この場で下手に何か言えば、大きな問題になる。

「黙ってるってことは図星か?」

一馬がさらに一歩前に出た。

「やめとけ、一馬」

蓮が冷静に手を伸ばして彼を制する。その目は何かを見透かすようだった。

「今はそいつを問い詰める時じゃない」

「くそ……でも、俺は納得いかねえぞ」

一馬は舌打ちをし、俺を睨みつけながら引き下がった。

その時、遠くから雷鳴のような轟音が響いた。全員の視線がそちらへ向く。

「来るぞ!」

誰かが叫び、場が一気に緊張に包まれた。

俺もガン・ダガーを握り直し、時計の針が着実に進む音を聞きながら身構えた。


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