地平線の向こう、砂嵐に覆われた黒い影が、ついにその全貌を現した。
無数の神徒たちが整然と進軍してくる。
その数は圧倒的で、視界を埋め尽くすほどだ。
「迎撃準備! ピーターパンを前線に据え、各員、ゲートを死守せよ!」
塔の頂上から|白波梓≪しらなみあずさ≫の冷静で毅然とした声が響き渡る。
その言葉が戦場に緊張感を一層高めていく。
「緋野も黒磯も天草も、他のゲートか……」
俺は苦々しく呟いた。
頼れる顔ぶれがいないことに胸の奥で不安が広がるが、今は考える暇もない。
俺たちがいる4の門には、古めかしいバリスタがいくつも並んでいた。
だが、戦闘経験の少ない一般プレイヤーたちは、その扱い方すら分からず戸惑っている。
「前に他のゲームで使ったことがある……俺が教えるしかないか」
ため息をつきながら周囲を見渡したその時、ひとりの少年が静かに前線へと上がるのが目に入った。
「……あ、おい」
思わず声をかけようとした俺に、|水上凪≪みなかみなぎ≫が応じた。
「大丈夫だよ、賢くん。あれがこの門を守るエースだから」
「エースって……あの子がピーターパンなのか?」
まだ小学校を出たばかりにしか見えない姿に、思わず目を細めた。
「そうだよ、|浮水彪≪うきみずひょう≫くん。日本支部最年少のピーターパンなんだって」
凪の声には驚きと感嘆が入り混じっている。
確かに彼はピーターパン部隊の徽章を背負っていた。
だが、どう見てもまだ子どもにしか見えない。
「浮水さん、援護します」
俺は彼に近寄り、声をかけた。
だが、彼はちらりとこちらを見ただけで小さく首を横に振る。
「僕がやるから、君たちは下がってて」
その静かな声には、子どもらしさのかけらもない冷静さが宿っていた。
「いや、一人でやるなんて無理じゃ――……」
「僕一人で十分。二度も言わせないで」
浮水は淡々とそう告げると、バリスタにも目を向けず神徒の群れへ向かって歩き出した。
その背中は小柄ながらも不思議な威圧感を放っていた。
「……なんだよ、邪魔するなってか」
苛立ちを覚えた俺に|遠野美雪≪とおのみゆき≫が静かに声をかける。
「賢くん、どうしますか?」
その冷静な問いに、俺は即答した。
「もちろん。浮水の思い通りにはいかせない――みんな聞いてくれ!」
俺は門に集まったプレイヤーたちに向かって声を張り上げた。
「バリスタは俺が教える! 神徒が近づいたら、それを撃つだけでいい!」
プレイヤーたちはまだ動揺していたが、続けて俺は力強く訴える。
「大丈夫! ちゃんと運用できればバリスタは強力だ! 敵と間近で戦わなくて済む!」
言い切ると、プレイヤーたちはようやく動き始めた。
俺がようやく胸を撫で下ろした、その時、背後から冷たい声が響いた。
「……ずいぶんと偉そうに指示出してるな、灰島ぁ」
振り向くと、二人の少年が立っていた。
ひとりは腕を組み、威圧感を漂わせる|秋月一馬≪あきづきかずま≫。
もうひとりは痩身で鋭い目を持つ|三輪蓮≪みわれん≫だ。
二人の顔を見た瞬間、記憶が蘇った。
「結城翔が特級神徒に身体を奪われたことは特殊機密だ――」
大規模攻略戦を終えたあの日、早乙女美月と龍崎司令が厳しい表情で俺たちそう言い放ったのだ。
「翔は……おまえの部隊にいたんだよな」
一馬が冷たく言い放つ。
「ああ……」
俺が答えるや否や、一馬が詰め寄ってくる。
「なんで、守ってやれなかった」
その声には明らかな怒りが込められていた。
「……それは」
俺は言葉に詰まる。翔の神徒化は緘口令が敷かれている。
この場で下手に何か言えば、大きな問題になる。
「黙ってるってことは図星か?」
一馬がさらに一歩前に出た。
「やめとけ、一馬」
蓮が冷静に手を伸ばして彼を制する。その目は何かを見透かすようだった。
「今はそいつを問い詰める時じゃない」
「くそ……でも、俺は納得いかねえぞ」
一馬は舌打ちをし、俺を睨みつけながら引き下がった。
その時、遠くから雷鳴のような轟音が響いた。全員の視線がそちらへ向く。
「来るぞ!」
誰かが叫び、場が一気に緊張に包まれた。
俺もガン・ダガーを握り直し、時計の針が着実に進む音を聞きながら身構えた。