「……やるしかねえ!」
俺は拳を鳴らしながら、目の前の持国を睨んだ。
ヤツは、まるで“人間”じゃなかった。
感情の波が一切ない。瞬きすら極端に少ない。
立っているだけなのに、圧がすごい。
呼吸の音も気配もない。あるのは、ただただ不気味な沈黙だけ。
「威勢だけじゃ勝てないよ」
低く、無機質な声。
その瞬間だった。
地面が――鳴った。
「っ……!」
足元に、淡く輝く六角形の陣が浮かび上がる。
視界が歪む。重力の軸がずれるような感覚。
立っているだけなのに、世界が傾いていく。
「……やってくれんじゃねぇか!」
とっさに跳び退き、崩れた岩を踏み台にして空中で体勢を立て直す。
着地と同時に拳を構えた。
「これは……“位置”をズラす術か……?」
「惜しいね」
持国の瞳がわずかに揺れた。
「正確には、“お前の反応を、数フレームずらす”能力だよ」
「……は?」
「君が“当たった”と思った瞬間には、もうそこにはいない。
あらかじめ“予測した場所”に逃げる。
あくまで、君の反応だけをズラしてね」
「めんどくせぇ言い方すんな!!」
言ってる意味はわかった。
……それがまたムカつく。
攻撃を当てる直前に“タイミングだけ”歪ませて、スカさせる。
つまり、理屈じゃどうにもならない“感覚”の世界。
「はっ! 上等だよ!」
バーニングナックルを起動。
両腕から噴き出す蒼い火花。拳が、赤熱する。
オーバーヒート寸前の出力で、全開だ。
「熱拳・フルバースト!」
踏み込んで、右拳を叩き込む――!
だが、
「ッ……すり抜けやがった!?」
確かに見えてた。間合いも完璧だった。
でも、すり抜けた。いや、“外した”感覚にさせられた。
「どこ狙ってんの?」
涼しい顔で、持国が背後に立っていた。
「“手を伸ばしても、届かない”ことの絶望を、ゆっくり教えてあげるよ」
「わりぃけど……教えられるのは苦手なんだよ!」
視線を外さず、俺はまた拳を構える。
悔しいが、今のままじゃ勝てない。
スピードもパワーも通じないんじゃ、どうすりゃいい……?
――考えるな。感じろ。
考える前に、動け。
俺は腰を落とし、低く突っ込む。
持国が応じるように動く。今度は奴が滑るように突進してきた。
「っぐ……!」
左肘が脇腹に突き刺さる。肺から空気が抜けた。
そのまま視界が横にブレる。回転蹴り――ッ!
「が……っあああ!」
地面に叩きつけられる。砂と血が混じった味が口に広がる。
肋骨、イってるかもしれねえ……
「……クソ……!」
それでも、這いながら立ち上がる。
拳に力を込める。
「負けてたまるか……!」
拳にエネルギーを集中。火花が走る。
再起動だ。
一か八か、全出力。
「バーニングナックル・チャージモード――オーバードライブッ!!」
両拳が、真紅の炎に包まれる。
まるで溶鉱炉を両腕に抱えてるみたいだ。
「ぶっ飛べええええっ!!」
踏み込んで、狙うは胸元。最大出力の右ストレート。
拳が、奴の肩に――食い込んだ!
「よしっ……!」
手応えがあった。今度は“ズレ”を越えた。
だが。
「やるじゃん。でもね――」
音もなく、俺の背後に立つ持国。
もう一人いる、みたいな感覚。いや、違う。
「おまえの認識、いま1フレーム遅れてたよ?」
「なっ――」
ドガッ!!
背中から、何か硬いもので叩かれた。
意識が飛びかける。地面を転がる。
視界がブレて、何も見えない。
「がっ……は……!」
口の中に、血の味。腕が、動かない。
燃焼限界を超えて、バーニングナックルが暴走してる。
「残念だったね」
足音が近づく。
笑っている。口元だけで。
その余裕が、憎い。
「“頑張ってる感”は伝わってきたよ?」
「……っ……」
力を込めようとするけど、もう腕は上がらない。
拳は、ただの鉄の塊にしか感じられなかった。
「こんなとこで……終わるのかよ……」
まだ、やることがある。
あいつらが……戦ってる。
なのに、俺は――ここで――。