目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

14-7: Final Break(決別の一撃)

崖の上、黒磯の足元には、砕けた岩と焦げた地面が広がっていた。 まるでこの一帯すべてが、二人の戦いの激しさを物語っているようだった。 川のせせらぎも止まったかのように静まり返り、空気には金属と焦げた草の匂いが漂っていた。

黒磯の両手剣が、ゆっくりと肩の上に構えられる。 その動きには、一切の迷いがなかった。まるで、これが“最後”だと確信しているかのように。

「これが……最後だ」

黒磯が、柄を握り締めた。 その刃に宿るAxxis Coreの光が脈動し、空気ごと震わせる。地表にはひびが走り、剣の余波が重力を歪めていた。

俺も、呼吸を整えながら立ち上がった。 体はボロボロだった。 足元はふらついていたし、右肩の感覚もすでになかった。

それでも、目を逸らさなかった。

「俺も、全部出し切る」

握ったガン・ダガーから微細な粒子が立ち上る。 俺の覚悟に武器が呼応する。

刀身が変形し、銃身が極限まで短縮され、全出力を“一点”に集中させる構造に変わる。

この一撃が、俺のすべてだった。

「こっちも同じだ」

黒磯が低く呟いた。

「これ以上は、もう……立てないと思う」

「なら、終わらせよう」

風が吹いた。 夕陽が、崩れた地形と濁った川面を赤く染めている。

数秒の静寂。

どちらからともなく、動いた。

――ダッ!

爆発的な踏み込み。

黒磯の両手剣が唸る。 振り下ろされたそれは、空気ごと切り裂き、断層のような圧を帯びていた。 まるで、空そのものを割るような質量だった。

俺は右手のダガーを逆手に構え、左手のグリップに指をかけた。 スライド解除。

「――全出力解放!」

弾倉のセーフティが外れ、魔力弾ではない純粋な衝撃波が刀身から迸る。

黒磯の両手剣が俺の左肩を狙い、俺の刃が彼の腹部へと走る。

衝突の瞬間。

――ゴッ!!

空間が捻じれた。 爆風が巻き上がり、岩が弾け飛び、水が蒸発する。

「っ……ぐぅうっ!!」

「うおおおあああああ!!!」

声にならない咆哮がぶつかり合い、衝撃波が周囲を押し潰していく。

二人の技が交錯したその場を中心に、数十メートル四方の地形が吹き飛んだ。

草木はなぎ倒され、空気が焼かれる。 川はせき止められ、水飛沫が雨のように降り注ぐ。

光が、空を染めていた。

遠くで崩れる音がする。 大地が悲鳴を上げるように、深く割れた。

そして、ようやく。 すべての力が、尽きた。

俺は、その場に崩れ落ちた。

息が、できない。 何かが体の中で軋む音。 でも、意識は……ある。

「……っは……っ……」

ゆっくりと顔を上げる。

土煙の向こうに、黒磯の姿があった。

彼も膝をついている。

顔は血まみれで、胸の装甲は砕けていた。 肩も深く裂け、両手剣は地面に刺さったまま、彼の手元から滑り落ちていた。

「……やる、じゃねえか……」

「そっちこそ……バケモンかよ……」

お互いに、笑った。

苦笑だった。 でも、そこに憎しみはもうなかった。

「これが……決着、か……?」

俺が問うと、黒磯はしばらく黙って、 それから、ゆっくりと立ち上がった。

「まだだ」

「……なに?」

「俺は……行く。ここで倒れるわけにはいかない」

「お前、もう動ける体じゃ……」

「それでも、行かなきゃならないんだ」

黒磯の瞳が、まっすぐだった。

「俺の中には……まだ“残ってる”んだよ」

「……なにが」

「……誰かを救いたいって気持ちが」

それは、自分に言い聞かせてるようだった。

「だったら、なぜ……!」

叫ぼうとしたその時だった。

黒磯が、俺の方へと背を向けた。

「もう、お前とは戦えねえよ」

背中から伝わるものがあった。 それは、憎しみでも、勝利の余韻でもない。

ただ、別れの感触だった。

「じゃあな、灰島」

足音だけが、遠ざかっていく。

俺は、その背中を止められなかった。

力が、入らなかった。

崩れた川辺の地面に、拳を落とす。

「……ちくしょう……」

口の中に土の味が広がる。 拳が震える。

それでも、立ち上がることはできなかった。

夕陽が、ゆっくりと沈んでいく。

赤く染まった空の下で、俺はひとり、悔しさを噛み締めていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?