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第15章:Days Of Growth

15-1: Cold Awakening(冷却からの目覚め)

「矢神さん、いつまで寝てるんですか」

静かな病室で、誰に向けるでもなく、俺はそう呟いた。

薄暗い照明の下、冷却ポッドの中に横たわる矢神臣永――その姿はまるで戦いを知らない少年だった。

ガラス越しに見える顔は穏やかで、傷ひとつない。

だがその肉体には、数えきれない戦いの記録が刻まれている。

医療班の報告では、生命活動に異常はない。

ただ、意識だけがゲーム内に“とどまって”いるという。葉奈と同じだ。

だが、ここで俺は思った。

葉奈はあの時、水上といた。

つまり、ゲーム内で本人を取り戻し、ログアウトさせられれば、助かるのではないだろうか。

「なんて、成れない推理だけど……あってるかな、矢神さん」

答えは、当然返ってこない。俺はゆっくりと椅子に腰を下ろし、拳を膝に乗せる。

「俺、わかんないです。黒磯のことも、この世界のことも……」

あいつとの再会、そして決別。 仲間を救うと誓った俺に、刃を向けてきたかつての友。

「俺は……まだ何も、終わらせられていない」

喉の奥が焼けるように痛んだ。言葉にすれば、悔しさが滲む気がした。

「俺、明日から南アフリカに行くんです。最前線――というより、最深部かもしれない」

ポッドに反応はない。でも語らずにはいられなかった。

「黒磯を止められなかった。水上凪の正体も知らなかった。俺は、弱かった」

手をガラスに当てる。

「でも、もう一度立ち上がります。ガドラさんのもとで強くなって、今度こそ、すべてを守ります」

ポッドの向こう。眠るその人に、誓う。

扉が静かに開く。振り返ると、そこに立っていたのは――遠野美雪。

「賢くん、来てたんですね」

「ああ。なんとなく、気になってな」

彼女は隣に腰を下ろし、穏やかに矢神のポッドを見つめた。

「……目を覚ましてほしいよな。この人がいてくれればって、何度も思った」

「うん。でもね、賢くん。矢神さんが今ここにいないなら……今度は、私たちが立たなきゃいけない」

「……そうだよな」

「うん。私たちが、矢神さんの意志を背負って――ううん。それだけじゃない、私たちの意思で、戦うの。それで、全部取り戻そう」

「……ああ」

俺は頷いた。胸の奥にあった重石が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

「賢くん。私は、もう泣かないって決めた」

その目に涙はなかった。覚悟だけがあった。

「みんなを取り戻そう」

* * *

翌朝、日本支部のブリーフィングルーム。

壁面の戦況モニターには、今回の激戦記録が映し出されていた。

龍崎指令と早乙女美月が並んで立っている。

「……準備はできています」

俺の言葉に、龍崎はうなずいた。

「任務の一環として、君は今日から、南アフリカ訓練サーバーに接続される。越境アクセスの手続きは完了済みだ」

「指導者は……ガドラ・ホリシャシャ・エンコシで間違いないですね」

「ああ。生半可なプレイヤーではないぞ」

「ええ。覚悟はできています」

「ならば話は早い。アクセスの準備を始めよう」

龍崎はそう告げると、静かに背を向けた。

残された俺に、美月さんがそっと笑いかける。

「あなたなら、きっと超えられる。あの人に、届くって信じてるから」


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