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第85話


 サーシャとハデスが王の間の扉を開けると、そこにはガルシアと遠くでうつ伏せに倒れているニクラス、そしてその隣に黒い気が集まってできた人のようなものの姿が目に入った。


 サーシャはそれが誰なのかすぐにわかった。三年間ずっと探してきた「黒い気が集まってできた男」が目の前にいる。


 こやつのせいで魔界は、魔族は、そして人間の世界も大変なことになってしまった……!! 今すぐにでも捕まえて、魔の宝珠のありかを吐かせてやりたいと気持ちが高ぶった。思わずサーシャの目が赤く輝き、体から黒い気があふれ出してくる。



「落ち着け、さーたん」



 ハデスが怒りと興奮でぶるぶると震えているサーシャの頭にそっと手を置いた。するとサーシャは我に返り、震えが止まり目は元に戻り、黒い気も収まった。


「すまぬ、ハデスよ。あやうく我を失うところじゃった」

 サーシャは大きく息を吸って吐いた。ハデスはそんなサーシャの姿を優しい表情で見つめている。


「おっ、二人とも早かったじゃねぇか! なんかよ、偽物の国王をぶっ倒したら、中からあんな気味悪いやつが出てきやがったぜ! あいつもぶっ倒していいか?」


 ガルシアが背後に現れた二人に気づき、嬉しそうに声をかけた。すると「やめとけ、あいつは実体を持たないから拳は通じないぞ」とハデスが一蹴して、ガルシアの前に出た。サーシャもそれに続く。


「ようやく見つけたぞ。三年前に魔の宝珠を持ち去ったのはお前じゃろう」


 サーシャが目の前の「黒い気が集まってできた男」に向かって言った。男は返事をせずに、サーシャを見て――といってもただの真っ黒い人影のようなものなので表情も何もあったものではなく、サーシャの方を見たような気がしただけだった――言葉を発した。


「お前はアレキサンドラとか言ったか……再び私の前に現れるとは愚かな! 私の真の姿を見たからには、三人まとめて確実な死を与えてやろう!」


 男は黒い気が集まってできただけで実体を持たなかったが、その動きは人間そのもので魔法を唱えようと腰を落として両手を広げて構えた。空気が震え、何か強大な魔法が発動するような、そんな気がしてガルシアも防御の構えを取る。


「何を言うか! 前回は不意を突かれたが今回はそうはいかんぞ!」

 サーシャの声にも力がこもり、戦闘態勢に入る。両手を広げ、そこに光を集め始めた。



「ちょっと待てぃ!」



 しかしそこでハデスが二人の間に割って入り、男を指差して乱暴な言葉をこれでもかと浴びせ始めた。


「お前、さーたんに向かってアレキなんちゃらだ? 思いっきり名前を間違えているじゃねぇか! 名前を間違えられたままぶっ倒すなんてなんか気持ち悪いから! 覚えとけよ! この子はさーたん! わかった?」


「今まさに戦いを始めようとしていたときに、突然何を言い出すんだ?」とぽかんと口を開ける二人――そのうち一人は口を開けているかどうかはわからないが――をよそに、ハデスは好き勝手喋っていく。


「それにお前、自分の名も名乗らないで何様のつもりなんだよ? 名前がない方がかっこいいとか思ってるんじゃないだろうな! 冥界うちでは名前を名乗るのは最低限のマナーだぞ! おい!」


 ガルシアはそんなハデスの様子を見ながら、「やばい敵を目の前にしても、さすがいつもどおりのハデス様だぜ!」と笑いが止まらなかった。


「で、お前。名前は?」

 ハデスが腕組みをしながら、男を睨み付ける。


「我が名を欲するか……我こそは魔の宝珠を――」

「うるせぇ! 名前を言うだけでいいんだよ!」


「ガ……ガルダールです……」


「あっそ。で、どうしてさーたんのことをアレキなんとかって呼ぶんだ?」


 名前を聞いたのに特に興味がないような態度で、ハデスが話を続ける。


「だって、こいつ……いてっ! ……この子が自分でアレキサンドラって名乗ったから……」

 サーシャのことをこいつ呼ばわりした瞬間にハデスから頭を叩かれて、ガルダールはさっきまでの威厳はどこへやら……。若干焦りながらハデスに弁明する。


「はぁ? さーたんがそんなこと言うわけねぇだろ! ねぇ、さーたん!」


 すごみのきいた声でガルダールを圧倒したかと思えば、振り返ってサーシャに確認するときはにっこりと甘い声で話すハデスに、サーシャは顔を真っ赤にしながら答えた。


「……アレキサンドラと名乗ったのは確かじゃ。だって……まだそのときは正体を明かすわけにはいかなかった……し……その……のぉ」


 語尾がだんだんと小さくなって、サーシャはもじもじし始めた。恥ずかしがって顔から火が出る寸前だった。


「なんだ、さーたんが本当に言ってたのか。お前、それならそうとちゃんと言えよ! 私が恥かいたじゃねぇか!」


 またハデスがバシッとガルダールの頭をはたいた。


「ほれ、私の話はおしまいだ。戦いを始めていいぞ!」とハデスはサーシャの後ろへと戻っていったが、話の腰を折られた二人はなんとなく戦う雰囲気になれなかった。


「……」「……」


 なんだか変な空気が流れる。



「ところで、さっきからサタンサタンと言っているが、まさかこい……いや、その子が……?」

 変な空気を振り払うかのように、ガルダールがハデスに向かって尋ねた。


「ああん? 見りゃわかるだろ。さーたんこそ本物の魔王だよ!」


 ハデスが当たり前だろ! という顔で答えると、ガルダールは手で顔を押さえ、肩を震わせながら笑い始めた。



「クックック……はっはっは……あーっはっはは! サタンというからどんな恐ろしい魔族かと思いきや! こんな子供が魔王だと!? サタン! はっはっは! 今まで人間どもを使って倒そうとしていたサタンがこんな小さな女の子だったとは!」



 どうやらガルダールは魔王「さーたん」のことをやたら恐ろしい姿形をした魔族 ――サタン―― だと勘違いしていたようだ。

 七十年前にラームと戦い自爆したときは、先代の魔王(サーシャの父親にあたるが、彼は彼でとても強面の威厳のある魔族)だったし、三年前に魔の宝珠を奪いに魔王城に潜入したときはサーシャが不在で会っていないから勘違いするのも無理はない。


 相手が子供だと分かり、安心しきって高笑いを続けているガルダールに対して、サーシャは恥ずかしさのあまりに顔を赤らめて拳を震わせながら、ハデスは自分だけが使っている愛称を気安く連呼されたことに怒りの表情を浮かべながら、

「われの名を気安く……」

「お前がさーたんなどと……」

「呼ぶでない!」「呼ぶなぁ!」

 と、二人同時に力強く握りしめた拳でガルダールの顔面を思いっきり殴りつけた。


 ガルダールは派手に吹き飛ばされ、反対側の壁に頭からめり込んだ。


 それを見ていたガルシアが、

「なんだよ……思いっきり拳が通用してるじゃねぇか!」

 思わずツッコミを入れた。



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