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第192話 熱波はいつ終わる

季節が夏だけになって、かなりの年月が過ぎた。


その間にいろんな災害が起きて、

天変地異のような気候変動がたくさん起きて、

そこから農作物や畜産なんかが大打撃を受けて、

この世界は食べるものが不足していって、

技術で何とかしようとしていって、

とにかく栄養だけをパッケージで摂取するのが食事になって。

人の心はすさんでいって、

各地で争いが絶えなくなって。

戦争や紛争は日常茶飯事で。

パンデミックなんかも起きて。

世界中が熱帯になったから、あちこちで蚊が飛び交って、

蚊が媒介する未知の病原菌が蔓延していって、

いつまでも夏だから、自然も狂っていって。

夏に適応できない動物も植物も死んでいった。

終わらない夏で、世界はじわじわと狂っていった。


私は部屋の中で倒れていた。

先程まで、強い熱波の中を歩いてきて、

とりあえずの栄養パッケージを確保して帰ってきたところだ。

この終わらない夏は、

日常的に熱波にさらされている。

外に少し出るだけで命にかかわる。

栄養パッケージを確保しに行くだけでも、

熱波でかなりのダメージを受ける。

装備はかなり冷却を重視したつもりではあったけれど、

それでも熱波は容赦なく。

栄養パッケージを確保して帰ってきたら、

冷えた部屋で倒れ込んだ。

とにかく、栄養パッケージを奪う連中が出てこなくてよかった。

最近では栄養パッケージを奪う連中すら、

外に出ると命を落とす可能性があるということで減ったとは聞いているけれど、

やはり、熱波以外の危険が少なくてよかったと思う。

少しでも外にいる時間が長かったら、

栄養パッケージを持ったまま熱波で死んでいたかもしれない。

それだけの危険を冒しても、

栄養パッケージがなくなっては餓死する。

冷えた部屋の中で何も食べられないまま死んでいく。

私は餓死をしたくないと思い、

熱波の中を冷却装備をして出かけてきた。

外は死、この部屋に居続けても死。

私は生き残る可能性を天秤にかけて熱波の中を出てきて、

なんとか生還して、今、部屋で倒れ込んでいる。


冷えた部屋で徐々にダメージが回復していく。

熱波で受けた過剰な熱が冷えていって、

身体がまともに動くようになっていく。

身体が動くようになったら、水分を飲めるようになったので、

熱波対策水を飲んで一息つく。

ああ、生きている。


この熱波はいつまで続くのだろうか。

この狂った世界はいつまで狂い続けているのだろうか。

まともになんか戻らないのだろうか。

そもそも、まともとはどんなものだったのだろうか。

熱波のない世界を想像することすらできない。

熱波にあてられすぎていて、

熱のない世界を思い描くことができない。


私は栄養パッケージを口にする。

この栄養でしばらく持つはずだ。

先程、熱波の降り注ぐ外を歩いてきたけれど、

もはや動くものはなかったように思う。

終わらない夏は死の影が漂っている。

終わらない夏の中に取り込まれたら死ぬ。

熱波の中に居すぎるとはそんなことかもしれない。


外は日常的に陽炎が立っていて、

噂では陽炎の中に死んだ誰かが見えるらしい。

陽炎を追いかけると熱波で死ぬ。

陽炎は死神の影なのだとどこかで聞いた。

この熱波自体が死そのものだ。

お前も死んでしまえと呼んでいるのかもしれない。


熱波で歪んで狂った世界。

終わらない夏。

熱波は終わらない。

世界は狂いながら死に向かっていく。

それはゲラゲラ笑っているようでもあるし、

号泣しているようでもある。


栄養パッケージを摂取して、

私はまた休む。

栄養が身体に回るまで時間がかかるし、

熱波のダメージも回復しきっていない。

私はいつまでこの世界で生きられるだろうか。

この世界があとどれだけ持つだろうか。

もしかしたらこれが世界の終わりなのかもしれない。

世界は熱波で焼き尽くされて終わるのかもしれない。


疲弊しきった私はウトウトと夢を見る。

世界を焼いていた炎が止まっていく夢だ。

炎は世界を焼くだけ焼いた後、ゆっくり止まっていく。

あとには静けさだけが残る。

あれほどの狂気が凪いでいく。

私はそんな夢を見た。

それは世界が本当に死んでしまうことなのか、

あるいは、世界が正気に戻るのだろうか。

夢の中の私はその判別がつかない。

夢の中で熱波が止まっていく。

夢から覚めた時、世界はどうなっているのだろうか。

私は冷えた部屋の中で夢を見る。


未来なんて陽炎よりも不確かなものだ。

この世界の未来がどうなるかなんて、わからない。

でも、もしかしたら、夏が終わるかもしれない。

私はそんな予感だけ抱いて眠りつづけた。

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