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第193話 根無し草のふるさと

私は根無し草。

生まれる前からずっと旅をしている。


私は、国を持たない者たちの中で生まれた。

定まった国もなく、ここが家と決まった建物もない。

いつでも移動できる家のようなもので生活し、

町から町へ旅をして、

その町で、他の町から仕入れたものを売ったり、

また、旅で磨いた技術で対価を得たり、

あるいは、歌や踊りを披露したりする。

生まれてから死ぬまで旅するさだめ。

私たちには故郷がない。

私たちは生まれついての根無し草だ。

風が向く方向に流れていく。

どこへでも旅する根無し草だ。


いろいろな国を見てきた。

いろいろな文化があった。

そこに暮らす誰かにとっては、

その場所が故郷なんだろうなと思う。

故郷に生まれて、それからどこかを旅していても、

心の始まりは故郷にある。

故郷があるものは、故郷からすべてが始まっている。

生まれた場所というものは、特別なのだろうなと思う。

世界中どこであろうと、

そこで生まれればそこが誰かの故郷だ。

そこで育てば、さらにしっかりと故郷を感じられるかもしれない。

生まれ育った場所を離れるとき、

故郷が特別だったと感じるのかもしれない。

故郷を離れていても、ルーツはいつでも故郷にある。

そして多分、故郷を持つ誰かが死んだときには、

魂は故郷に帰ってくるのだろうなと思う。

きっと魂は、ただいまと言って帰ってくるのだろう。


私たちには故郷がない。

私たちなりの伝統はあるけれど、

私たちの文化を持った国はない。

私たちは旅先で死んだときに、

魂はどこに帰るのだろうか。

故郷のない私たちは、最後にどこに帰るのだろうか。

最後にただいまという場所はどこだろうか。

私たちはどこに帰ればいいのだろうか。


私は旅の道の上で、

風が吹くのを感じた。

私たちは風の向くままに旅をしているけれど、

では、その風はどうして吹いているのだろうかと思った。

足を止め、目を閉じて風を感じる。

風は旅人だった。

私はそう感じた。

生まれてから死ぬまで旅をした旅人だった。

私たちとつながっている、私たちの前の旅人だった。

私はなんとなくわかった。

根無し草の私たちは、最後は風に帰るんだ。

どこにでも行ける風に帰って、

死んでも旅を続けるんだ。

風になって、私たちとともに旅を続けるんだ。

そうか、それならばと私は思う。

風が吹くところはすべて私たちが帰る場所だ。

旅ができる場所はどこでも私たちの故郷だ。

国は無いかもしれないけれど、

私たちにはどこも故郷だ。

根無し草はどこにも行ける。

世界中が私たちの故郷だ。


私はまだ旅の途中。

生きている限り旅をして、

死んでもなお風になって旅をする。

家も国も無いかもしれないけれど、

私たちはこの世界全てが故郷であり、

どこに向かってもいいんだと感じる。


私たちは旅をする。

風が向く方向に向かって、

町から町へ。国から国へ。

国を持たない私たちのことは、

歴史というものに残らないかもしれない。

どこにも残らない私たちというもの。

けれど、私たちは死んでも風になって旅を続ける。

私たち全てが死に絶えてしまっても、

私たちは風になって旅を続けていって、

この世界を故郷として吹き続ける。

文化なんて残らないかもしれない。

私たちが私たちとして生きた証なんか残らないかもしれない。

物も記録も残らなくていい。

旅にはみんな重すぎて邪魔なだけだ。

やっぱり旅は身軽な方がいい。

私たちは風が吹くように身軽に生きて、

どこまでも旅をして風になる。


風はどこを目指しているだろうか。

私たちは限りなく身軽な風のように生きる。

どこでも私たちの故郷。

何も残らないかもしれないし、

どこで生まれたかも定かではないけれど、

少なくともこの世界のどこかで私たちは生まれたのだから、

私たちはこの世界が故郷だ。

根無し草の私たちは風に吹かれてどこまでも。

故郷の世界を旅して歩く。

笑いながら。歌いながら。

どこまでもどこまでも。

ただただ、風の吹くままに。

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