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第194話 ブチ模様の犬

その犬はペットショップで、

しょぼくれていたブチ模様の犬だった。

子犬ほど可愛げがあるわけでない、

人気のある犬種でもない。

みんなそのブチ模様の犬を無視して、

他の犬にかわいいと声をかける。

ブチ模様の犬は愛嬌を振りまくことすら、疲れているようだった。

誰にも求められていない様が、

私となんだか重なった。

私はブチ模様の犬と目を合わせた。

ブチ模様の犬は元気がなかった。

ああ、裏切られ続けていたんだなと私は思った。

この人ならばと思った人が、

みんな去っていったのを経験しすぎていたんだなと。

このブチ模様の犬は、

私が経験したような、つらさを抱えている。

ブチ模様の犬が私をじっと見た。

私はうなずいた。

私たちはその瞬間心が通じた。

たくさんのつらい過去が目を合わせただけで伝わった。

ブチ模様の犬の眼差しが穏やかになった。

私は迷うことなく、ブチ模様の犬を家族に迎え入れた。


私には家族がいない。

親は死んでしまっていて、

兄弟は親の遺産相続で結局バラバラになった。

私は田舎町の小さな家で暮らしていて、

結婚はしていない。

異性とお付き合いをしたことはある。

みんな結局去っていった。

友人もいたけれど、

私に、親の遺産があまり入らないとわかると、

友人と思っていたものはみんな連絡が取れなくなった。

家には私だけ。

そこにブチ模様の犬がやってきた。

ペットショップで、ブチ模様の犬と生活するにあたっての、

ペット用品を買って来てあったので、

車から降ろして家中に並べた。

車と家を往復する私を、

ブチ模様の犬は静かに眺めていた。

家中がブチ模様の犬を迎え入れる体制になった。

私はブチ模様の犬に呼びかけようとして、

一番大事な準備をしていなかったことに気が付く。

名前がまだない。

名前がないと呼びかけられない。

名前を呼ばれなくなった寂しさを私は知っている。

ブチ模様の犬は、きっと期待している。

今度こそ名前を呼ばれると期待している。

自分だけの名前が得られると、期待している。

その期待が裏切られるのは、つらいことだと私は知っている。

そんなつらい思いをさせてはいけない。

私はブチ模様の犬を目の前にうんうん考える。


ブチ模様を見ていたら、

そこにスポットライトが当たっていたような気がした。

このブチ模様の犬は世界にただ一匹しかいない。

このブチの配置も世界にただ一匹。

この可愛さも世界で唯一。

愛らしいまなざしも世界一。

世界が注目する、スポットライトを浴びるくらいの唯一の犬。

私は、そのとき名前が思いついた。


スポット。

ブチを表す英語がスポットと言うらしいけれど、

私はこの名前に、スポットライトの意味を込める。

輝くスポットライトを浴びる犬のスター。

少なくとも私にとってはそんな犬だ。


私は、スポットと呼びかける。

スポットと呼んで、頭を撫でる。

スポットと呼んで抱きしめる。

スポットの尻尾は嬉しそうに振られる。

ああ、この瞬間私たちに幸せのスポットライトが当たっている。

幸せだなぁと思う。


私とスポットは、

田舎町の一軒家で暮らし始めた。

ペットショップでしょぼくれていた、

スポットはどんどん元気になっていった。

周りに誰もいなくなって孤独だった私の生活にも、

スポットがいることによって明るくなった。

家の中には私とスポットの生活感があふれて、

そこかしこに幸せの痕跡を見出すことができる。


いろいろな存在に裏切られ続けて、

孤独が当たり前になっていた、

私とスポットは、

ふとした縁で出会い、幸せになった。

その縁を運命などと言うのかもしれない。

ペットショップで私とスポットが出会った瞬間、

世界は私とスポットにのみスポットライトが当たったようでもあったし、

今までいないことにされてきた私たちが出会って、

世界の中心で幸せになり始める瞬間だったのだろうなと思う。


ブチ模様の犬のスポットは今日も元気よく。

私とスポットは、今日も世界の中心で幸せのスポットライトを浴びるような気分で。

私たちが主役と思っていいんだ。

どんどん、幸せな日常を紡いでいこう。

今日は何をしよう。

スポットと一緒ならば何もかもが楽しい。

これからも、末永くよろしくとスポットに語り掛けると、

スポットは元気にワンと答えた。


ここは、世界で一番幸せなスポットだ。

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