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第291話 水筒にお茶を入れて

煮詰まりすぎてるなぁ。

こんな時は水筒にお茶を入れて出かけよう。


私はとある町の片隅で、

裁縫洋裁和裁など、服に関することや、

布製品などを扱っている仕事をしている。

服が工場で作られた大量生産品ばかりになって久しい。

まぁ、安いからね。

無難なデザインで安ければ、

それを着まわせば過剰に目立たないのはいいかもしれない。

仕事ともなればあんまり目立つなというのもあるし、

学生さんなんかは制服がある。

とにかく、平均的な服が流れているなぁと思う。

一点ものの服がもてはやされる時代ではないような気がする。

それでも時代に取り残されたように、

私は町の片隅で、

一点ものを作り続けている。


依頼を受けてから、仕上げるまで時間がかかるから、

一度に受けられる仕事は本当に少ないし、

また、できたものもかなりの値がついてしまう。

いい布を使ったりもするし、

ある程度時間をかけたことを考えると、

このくらいが妥当かと思って値をつけるけれど、

一般的なものよりも高くついてしまう。

また、ある程度のデザインのイメージは最初に聞いておくけれど、

それを再現するのにいろいろと考えて布地や縫い方を組み合わせたりする。

それらすべての手間暇を考えると、

世界に一点ものとはいえ、

一点にこれだけかかるのかと思うような値段になってしまう。

吹っ掛けている訳じゃないんだけど、

さすがいい値段しますねと言われたのは一度二度ではない。


今受けている案件は、

晴れ舞台のドレスだ。

結婚式が一番有名どころではあるけれど、

今回の晴れ舞台というのは、

依頼人の女性が何かで名誉ある賞をもらって、

授賞式に出るらしい。

それにあたってのドレスがないということで、

私のところに依頼が来た。

名誉ある賞というのが、何やら特殊なものらしくて、

その賞の授賞式というものも、

普通のスーツなどではなんとなくいけない気がするとのことだ。

依頼を受けるにあたって、賞について説明を受けたけれど、

真面目でもなく、サブカルでもなく、スポーツでもない、

それでも名誉のある賞らしい。

私はイメージだけ依頼人から聞いて、

採寸をした後、作業に取り掛かった。


納期まで時間はあったけれど、

とにかく必要とされるドレスのイメージがつかみ切れずに煮詰まりすぎた。

世の中にはいろいろな職業があって、

それに伴って賞もいっぱいあって、

必要とされるスーツやドレスもたくさんある。

工場で作られたものじゃいけないようなところもあるんだろうなと思う。

だから私のような一点物を作る職業が必要で、

私は仕事をやり遂げなければいけない。

いけないんだけど難しい。


私は進まない作業を中断して、

水筒にお茶を入れて工房を出る。

あんまりにも仕事のことばかり考えすぎて、

脳が固まったような気がした。

少し気分転換をしよう。


公園の木陰のベンチ。

そこに座って水筒のお茶を飲む。

薬草茶が身体に沁みる。

ため息をつきながら、公園を見回す。

みんな思い思いに歩いている。

犬の散歩をしている人もいる。

走っている人もいる。

ベビーカーを押している人もいる。

買い物帰りなのか袋を下げて歩いている人もいる。

目立つ服を着ている訳ではないけれど、

みんなそれぞれに選んだ服を組み合わせて着ていて、

ここから見えるみんな別の人間だ。

同一人物が複数いることはない。

どんなものを身にまとっていても、

身にまとっている本人を引き立てなくちゃと思う。

賞をもらうのは依頼人であって、

私のドレスは依頼人をその場にふさわしくするもの。

私のドレスが賞をもらうわけでもないし、

依頼人に恥をかかせないようにするためのもの。

そこまで考えたらちょっと楽になった。


もう一度、水筒のお茶を飲む。

薬草茶の香りが脳のモヤモヤを晴らしていく。

なんとなくイメージができてきた。

今なら行けそうな気がするけれど、

もう少しイメージを固めていこう。

木陰のベンチに座って、

水筒片手にイメージを膨らませる。


煮詰まったときには水筒にお茶。

そしてこうして出掛ける。

私も一応プロとして、

やっぱり最高のものを作りたい。

そのための気分転換法は、やっぱりこれだ。


リラックスして、ため息。

心地よくイメージが膨らんでいく。

いいものが出来そうな予感がした。

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