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第28話

 魔王サタナス様がやわらかく微笑むと、アマリアは花が咲くように笑い、頬をほんのり赤く染めた。


 ――アマリアさん、魔王様のことが好きなんだ。


「アマリア、今日はもう遅い。明日になったら来なさい。余はここで待っている」


「ほんと? ……なんだか、サタ様、いつもと雰囲気が違う……。もしかして、ついに私の“魅了魔法”が効いたのかしら? ふふっ、だとしたら……サタ様はもう、私のものね。ふふふ、ふふふふふ……」


 ――魅了魔法!?


 ひぃっ……! さっきまで乙女だったアマリアが、急に怪しい人になった。その笑みに背筋がゾクリとする。隣のアール君はというと、もふもふの毛を逆立て、牙を剥き、シャーッと威嚇音まで発していた。


(おお……アール君の“シャー”初めて聞いたよ)


 魔王様の一言でご機嫌になったアマリアは、「早朝、またサタ様に会いに来るわ!」とランタンと槍を手に取り、スキップしながら鼻歌交じりに去っていった。


 ようやく訪れた静寂。


 嵐が去った――そんな表現がぴったりだ。


「ふう……アレも結局、あの“奇妙な聖女”と変わらんな。なぜだ? なぜ、あれほどまでに余に執着するのだ……?」


 魔王様は首をかしげる。


 ――ふふ、それはその麗しさと、魔王様がこの世界の“隠しキャラ”だからでしょう。

 それに、アマリアは小説に登場する“変人聖女”の子孫のはず。おそらく私と同じ“転生者”。


 原作では、初代聖女と魔王様は人里で出会い、惹かれあった。

 けれど魔王は“世界を滅ぼす存在”。聖女は“勇者パーティー”の一員。

 使命のため、彼女は涙ながらに魔王を封印した――そう書かれていた。


 でも……なんというか。小説より、アマリアの方がキャラが濃い。


 彼女なら学園に入っても騒ぎを起こしそう。まあ、もう会うこともないだろうし、気にしないでおこう。




 ――私は、別の目的があるのだから。




「ようやく静かになりましたね。魔王サタナス様、先ほども申し上げましたが、お願いがあります」


「うむ。あの娘のせいで、話が途中になっていたな。して、願いとは?」


 私は深く息を吸い、魔王様に毒草のこと、そして魔法都市サングリアで倒れたパパたちのことを説明した。


「……うむ。毒草に倒れた者たちは、かつての余の部下――元四天王たちか。そうか……余がいなくなって三百年。魔族国では“魔族総選挙”が行われ、新たな魔王が誕生したのだな」


「はい。……でも、ママが言っていました。魔族は一度“主”と決めた相手には、ずっと忠誠を誓うものだと。

 だから――お願いします。魔王の座を降りてください。でないと、パパたちが……他のみんなが助からなくなってしまいます!」


 私は魔王様に深く頭を下げた。


「……わかった。勇者との戦いが終わり、三百年も経った今となっては、魔王の座などどうでもよい。すぐにでも“よいぞ”と言いたいところだが……この鳥籠の中にいる限り、余にはそれすらできぬ」


 サタナス様はガシャンと檻の鉄格子を鳴らした。


「つまり、この鳥籠から出られれば、魔王の座は降りられるのですね?」


「その通りだ」


 と、優雅にうなずいた。


「だが――この檻は、あの初代聖女が作ったもの。余の魔力が満ちていれば、こんなチンケなものなど一瞬で破壊できる。だが今の余は、魔力の大半を失っておる。これでは……どうにもならぬ」


「魔力が戻れば、出られる……。じゃあ、レンモンのシュワシュワでも飲めば元気に――って、ねぇ、アール君」


 彼の方に顔を向けた瞬間、アール君が突然私に飛びかかってきた。


「きゃっ!」


 私は鳥籠まで押し倒され、背中をぶつけた。ガンッと音が鳴る。


「アール君? いきなり、なにするの!」


「すみません……でも、エルバ様の魔力を魔王様に譲ってください。足りない分は、僕が差し上げます」


「え……?」


 アール君はまっすぐ私を見つめた。


「三百年前……僕は戦闘に向かないとされ、勇者との最終決戦の地“シーログの森”に行けなかった。だから、魔王城でみんなの帰りをずっと待ってた。……けど……誰も帰ってこなかった。百年が過ぎても契約が切れなかったのは、どこかでサタナス様が生きてるって証。探して、探して……やっと、お会いできたんです」


「……それならそう言ってよ、アール君。あなたは私の――大事な家族の願いなんだもの。それに、魔王様に出ていただかないと、パパたちが助からない。……でも、どうやって魔力を――」


「余が知っている。遠慮なくいくぞ!」


 話の途中で、鳥籠の中からスッと魔王様の手が伸び、私の頭をがっしりと掴んだ。そして――長い爪が、ぷすりと頭皮に刺さる。


「ぎゃっ! いたたたっ! 爪、刺さってますって! 引っ込めてぇ!」


「すまぬ……魔力が戻っておらず、爪を自在に収納できぬのだ」


「そんなのあり⁉︎」


 涙目の私に、さらに追い打ちが。


「おお……魔王様の魔力が戻っていく! 僕の魔力も、どうぞ!」


 アール君が私の背中に飛びついた――ぐさっ。


「ひっ……!」


 頭には魔王様の爪。背中にはアール君の猫の爪。しかも、身隠しローブ越しに貫通してる。


「――もう、信じられない! 君たち! 爪、伸びすぎぃ!!」

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