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第30話 (サタナス)

 元魔王サタナスは魔力が枯渇して眠った二人を連れ、夜空を飛んでシュノーク古城から離れた草原へと降り立ち、彼らを一本の大樹の根元に寝かせた。


 ――実に心地よい風だ。


 サタナスは草原の中に立ち、ときおり吹く夜風を全身で感じながら、大きく深呼吸した。


「黒く淀んでいない、こんな新鮮な空気を吸えるとは……肌を撫でる風も心地よい。なにより、狭苦しくない。魔力もほぼ戻り、力が満ちている……ようやく、余は自由を得たのだ。ククッ、ハハハッ!」


 全身で喜びを味わいながら、サタナスは眠るアールとエルバに視線を落とし、ふたりに深く感謝の念を抱いた。


 ――さて、この二人はどこに住んでいるのだ?


 ホウキ、姿消しのローブといい。アールは魔族、エルバはタクスの娘。どちらも人の里には馴染まぬ存在である。


 根元に寝かされた、そのころエルバは夢の中で――


 ジャロ芋、いわゆるジャガイモを手に、博士とおしゃべりしながらポテトチップスを揚げていた。細切りでカリカリ、櫛形でホクホク。油のはじける音が心地よく、揚げ物に夢中になっている。


 博士、ジャロ芋の効能は?


《ジャロ芋の効能は、ストレス軽減です》


「《へぇ……ストレス軽減かぁ。――ていうか、なんで今まで、大好きなジャガイモ料理のこと忘れてたの? ポテトチップ、フライドポテト、肉じゃがに、コロッケ……まだまだあるのに……ムニャムニャ》」


「ポテトチップ? フライドポテト……?」


 面白い寝言だ。サタナスは興味深げにエルバのそばに座り、「ステータスオープン」と唱え、彼女の能力を確認する。


 ――そして、ある項目に目を留めて、ニヤリと笑った。


「ほほう、エルバは“時渡り”か。なるほど、話を聞いておかしいと思ったのだ。魔族と魔女のあいだに子は生まれぬはず。しかしエルバからは、それらとは異なる魔力を感じていた……そうか、神に選ばれし者、というわけだな」


 古い書物に記されていた存在――この世界にない奇妙で面白い力を持ち、我ら長命の者たちに新たな風を吹き込む“時渡りの者”。


 アールが彼女の使い魔になった理由も、ようやく腑に落ちた。


 ――ズルいぞ、アールばかり楽しんで。


(うむ、いいことを思いついた。余もエルバの使い魔となって、この余生を楽しませてもらおうではないか)


 そう決めたサタナスは、そっとエルバの指先に噛み付き、血を一滴啜ってから契約の術式を紡いだ。


 ――こうして、エルバは知らぬ間に、元魔王サタナスをも“使い魔”にしてしまったのである。


 一方その頃、夢の中のエルバは――


 ポテチ、フライドポテト、ジャロ芋だけで作ったジャーマンポテトを抱えて至福の表情。


 塩加減もいい塩梅で、ひとくち食べるごとに「おいしい!」と箸が止まらない。


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