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ガン 18

 御岳の様子が思ったより元気だったことに、2人は嬉しかった。ホテルまでの帰り道、普段は割と落ち着きのある松池までも、少々はしゃいでいる。

「良かったね。御岳さん、結構元気だった」

 嬉しそうな笑顔で龍田に言った。

「そうですね。あれじゃ、退院も近いかな。また、一緒にやれますね」

 龍田もそれに応えるような感じの笑顔で言った。

「うん。帰ったら先生や賢、高山君にもそう伝えよう」

「ところで、安心したらお腹、空きません?」

 早速、龍田は自分のペースに戻った。

「さっき御岳さんに聞いたお蕎麦屋さん、行ってみたいと思いませんか?」

 続けて龍田が言った。御岳の言葉が耳に残っているようだ。

「う~ん、そうだね」

 松池もにっこりしながら答えた。まんざらでもない様子だ。

 実は松池も御岳が教えてくれた蕎麦屋に興味があり、口に出したい気持ちはあったが、龍田との関係の中でなかなか言えない状況だった。松池にしては、龍田の性格を考え、一緒に行くように言った伊達の考えも理解していたつもりだ。その自分が龍田と同じようにはしゃぐわけにはいかなかいと強く自戒していたのだ。

 だが、龍田が口火を切ってくれたことで、松池のモヤモヤも払拭された。そして、その足で御岳のお薦めの店に向かった。

 ここの蕎麦屋は有名店らしく、暖簾をくぐり店内に入ると、壁一面に色紙が飾ってあった。2人が知っている芸能人などの名前もあった。

「へぇー。ここ、有名なんだ」

 有名人好きの龍田にとって、たくさんのサイン入り色紙は食べる前からおいしいイメージをかきたてるスパイスになる。

 テーブルに着くと、店員の人がお茶を持ってきた。

「お薦めは何ですか?」

 店員の人がお茶を置くと、龍田が尋ねた。

「特撰蕎麦セットです」

 メニューを見ると、1人前3000円と表示してある。2人にとっては高いイメージだが、せっかく来たからということで注文することにした。

「じゃあ、それを2つお願いします」

 数分後、目の前に小鉢や薬味がずらっと並んだ。これだけでもとても豪華な感じだ。しかし、このセットの特徴は蕎麦が何杯でも食べられることだ。1杯あたりの分量は少ないが、ストップをかけない限り次々に運ばれてくる。よく壁を見ると、色紙以外にたくさん食べた人のランキングを書いた紙が張ってある。多い人は100杯を超えている。

「よぉし。ランキングの中に入るぞ」

 これも戦いと思ったのか、龍田の闘志がむきだしになった。松池はそこまでではなかったが、どこまで食べられるか、自分に挑戦するつもりで挑んだ。

 次から次に運ばれてくる蕎麦。なかなか小鉢のほうまで手が回らない。ちょっとした合間に箸休め的に口にし、メインの蕎麦に集中した。

 だが、やはり胃の限界がある。徐々に食べるスピードが遅くなり、まず松池がギブアップした。32杯という数字だった。龍田は意地で食べようとしたが、48杯が限界だった。

「ランキングに入らなかったね。やっぱり100杯以上というのはすごい数字なんだ」

 改めてその数字の大きさを感じた2人だった。

 満腹のお腹を抱えたまま、ホテルに戻った。その後は各々自由行動ということで、少し休んだ後、龍田は再び街へ出た。松池は外出することなく、部屋で静かに読書をしたり、テレビを見ていたりした。

 龍田と松池は性格が異なるため、あまり一緒に行動することはない。旅先でもそれは同様で、しかし、それが2人にとっては心地よい距離感でもあった。久しぶりに解放感を味わい、互いに自由な時間を過ごした。

 次の日、もう一度御岳の見舞いに行き、お昼過ぎに東京に戻った。

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