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19-02



 とりあえず、三人は談話テーブルの椅子へ横に並ぶようにしてそれぞれ座り、仁科は凛子と春日にコーヒーを、和都には牛乳を用意してやって、仕事用のデスクに戻る。

 和都は出してもらった牛乳を飲み干すと、そもそもの目的について凛子に尋ねた。

「あの、結局凛子さんは、何の用でこっちにいらしたんですか? 普段は隣の県の大学にいるんですよね?」

 ゆっくりコーヒーを味わっていた凛子は、和都の質問にニッコリ笑う。

「うん! 神泉しんせん大の二年生よ」

「たしか、神道系の名門でしたね」

 神職を目指す人が通う学校の中でも、とてもレベルの高い大学だったな、と春日は以前見た大学資料を思い出していた。そういった学校に通う人は、もう少し大人しい雰囲気を持っていると思っていたので、凛子の様子は意外に感じる。

「今日はね、君たちが見つけた神社跡地のお清めに来たの」

「白狛神社のあった、あの跡地の?」

「うんっ」

「それって前、先生が『ちゃんとしに来る』って言ってたヤツ?」

「そう、それー」

 和都が作業デスクでパソコンに向かっている仁科に問うと、視線はそのままに返事が来た。

 あの跡地は文化祭の数日前くらいに倒木が撤去され、『鬼が湧き出る穴』を塞ぐための新しい祠が建てられている。だがその時、穴から倒木をどかしていたわずかな間に、鬼やお化けの素となる黒いモヤが出てしまったようで、集まったモヤは文化祭の時に学校内で騒ぎを起こした。

 その時、祠には応急処置的なお札を納めているだけで、凛子が後日『ちゃんとしに来る』と仁科が言っていたのだが、今日はどうやらそのために来たらしい。

「なるほど……」

「本当なら、祠が完成した時にアタシが出向かなきゃだったんだけど、ちょっと別の仕事でいけなくって。あ、和都くん、それでケガしちゃったんでしょ? 傷の具合はどう?」

「あ、はい。まだちょっと、絆創膏はしてますけど」

「そっか、大変だったね」

 穴から出てきた黒いモヤは、美術部が描いたと思われるメモ紙から、カマイタチにそっくりな──後に調べたところ『野鎌のがま』という妖怪へ具現化し、和都をはじめ、校内にいた生徒や来校者を襲った。

 すぐにハクが食べて始末したので、そこまで甚大な被害は出ていない。だが、和都の傷はなかなかの広範囲だったこともあり、しばらくの間、腕に包帯を巻いて過ごす羽目になった。

「具体的には、何をされるんですか?」

 黙って聞いていた春日が『ちゃんとする』内容に興味を持ったのか質問する。すると凛子は、えーと、と指を折りながら答え始めた。

「そうね、まず『鬼穴きけつ』がある場所だから、周辺に集まってきてる悪霊たちを一回祓ってぇ……」

「『鬼穴』って?」

「あ、君たちの言う『鬼が湧き出る穴』のことよ。それから今回はわりと放ったらかしにされてた土地だから、土地のお清めも必要ね。向かう前に清酒買わなきゃ。あとは新しい祠に神様を呼ぶための祝詞をあげる感じかしら」

「なんか、色々やるんですね」

「まぁね。でも、これでもまだ少ないほうよ」

 平然と言う凛子に、和都は分かりやすく驚いた顔をする。仁科が安曇家は『本物』だと言っていたが、実際にそういった儀式をやるとなると、なかなか大変そうだ。

「もう少し、聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

 春日の問いかけに、凛子は明るい顔のまま返事をする。

「鬼が出てくる場所に祠を建てて祝詞をあげるだけで、そこを封じることになるんですか?」

「うーん、封じるというか、神様の存在で穴を威嚇し続けるって感じね。完全に封じることが出来るわけじゃないのよ。神聖なものの存在で、出てこようとする鬼たちを寄せ付けないようにするって感じね」

 凛子によれば、祠というものにもいくつか種類があるそうなのだが、今回穴のあった場所に建てた祠は、遠方にいる神様と祠のある場所を繋げ、穴から出てこようとする悪いものを牽制し、浄化してもらうためのものらしい。そして今日はその場所で祝詞をあげ、かつてこの土地で穴を見張る役目を担い、今は安曇神社に移動してしまった白狛神社と、新しく建てた祠を繋げるのだそうだ。

「木が倒れる前までは、地元の方が定期的に管理されてたのよね?」

「はい、昔は周りの草とかもちゃんと刈ってあって、綺麗にしてたって」

「きっとその家の方が、ずっと守ってくれてたのね。祠やおやしろのチカラって、人が参拝したお祈りのチカラで維持されるものだから」

 今までは地元の人が定期的にお参りすることで神力が維持され、大きな問題は起きていなかったが、参拝が途絶え、祠のチカラが弱くなったことで、鬼が出てきてしまったのかもしれない。

「祠のチカラが弱くなってて、さらに落雷による倒木で祠自体が壊れたなら、もっと早い段階で鬼以外の悪いものが出てきそうだな、と思っていたんですが、物理的に穴を塞ぐことでも、そういうことの阻止は出来るんですか?」

「あ、たしかに。倒れた木が穴を塞いでたからって、そう出てこれないもんなのかな? とは思ったけど」

 春日の問いかけに、和都ははたと気付く。

 これまでの調べでは、木が倒れたのは三月の大雨の時ではないか、と推測していた。だが三月以降、そこから堂島や川野に憑いた鬼が出てきたこと以外で、災厄らしいことは起きていない。

「うーん、多分なんだけど。ヒロ兄に撮ってもらった写真を見た感じだと、倒れてた木はあの土地の御神木だと思うのよね」

「御神木?」

「そう、ずっとあの土地を見守ってきた御神木なんじゃないかなって。祠がチカラを失ったのに気付いて、自分に宿った神通力で穴を塞いでくれていたのかもしれないわね」

 凛子に言われ、和都は一つ思い出したことがあった。

 倒れていた木が元々生えていたあの場所。その辺りにいるのを、バクの記憶の夢で見たことがある。

 日差しの強い日はあの木の影で、バクはハクや真之介、そして孝四郎と一緒にのんびりと穏やかな時間を過ごしていた。まだ拝殿もお社もあった頃からあの木は立っていたのだろう。

「……そっか」

「だからそういう危ない場所だっていうのは、ちゃんと伝えて工事をお願いしたんだけど。手順を間違えたのかもしれないわね。危うく大惨事よ。和都くんも結局ケガしてるし、クレームいれとかなきゃ」

 凛子が頬を膨らませて言った。どうやら学校に集まってしまったあの黒いモヤは、本来なら穴から出てくるはずではなかったものらしい。

 有名なグループ企業である安曇家の、次期当主様がクレームを入れるとなると、その工事業者に今後があるのか少し心配になってしまう。

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