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3、クイズ番組

「ただいま」


「お帰りなさい」


 家に帰り着くと、彼女がスタスタと玄関まで出てきてくれた。

 夏音は、「ごはん、早く作りすぎちゃった」と言って、約束していた夕ご飯を配膳してくれた。帰宅して誰かが出迎えてくれるっていいな。一人暮らし二年目にもなるとこういう些細なことが嬉しく思う。今日はハンバーグらしい。バイト終わりで空腹だった僕は、美味しそうな匂いに即座にやられてしまう。


「今日さ、バイト先に新人さんが入ってきたんだ」


「へえ、良かったわね」


「ああ。前より活気が出そう」


「女の子?」


 夏音は、からかうような、それでいてどこか探っているような調子で問う。

 僕はこういう時、彼女の真意を測りかねて何と答えれば良いか迷う。

 沢田さんと似たようなからかい方をされているのに、夏音に言われるとドキッとしてしまう。それはきっと、かつて彼女と一度別れるにいたった“あの原因”のせいであることは間違いないのだが。


「女の子。でも、きみが心配するようなことはないから安心して」


 夏音に対して、僕はどこまでの安心材料を発すれば良いか分からない。


「なになに、友一ったら。私、そんな心配してないってば」


 クスクスと、彼女は笑いながらそう言ってくれた。その言葉に僕もほっと安心して胸を撫で下ろした。


「それより早くご飯食べようよ。冷めちゃうし」


「実は僕も、そうしたいと思っていたよ」


 タイミングよく、僕の腹の虫が鳴いた。


「いただきます」


 作り立ての温かいご飯に、他愛もない会話。それだけで僕はとても満たされた気分になる。それはきっと彼女も一緒で、鼻歌を歌いながらお茶碗にご飯をよそっていた。

 昨日と同じようにテレビを点けて夏音の作ったご飯を食べる。今日のテレビはクイズ番組だ。


「絶品ハンバーグだな、これは」


「そうでしょ! ハンバーグは自信あるのよ」


 僕が褒めると、彼女が嬉しそうに頬を染める。そんな彼女がつくづく可愛いと思う。それにしても本当に夏音のハンバーグは美味しくて、何個でも食べられそうだと思った。


 高校生の頃から成績優秀だった彼女は、クイズ番組を見ながら出演者の誰よりも早く、回答を導き出す。そんな彼女とクイズ番組を見ていると、とてもじゃないが勝てる気がしない。というか、これは夏音と一緒に見るものじゃないなと苦笑した。


『次の問題です。江戸時代後期の尊王思想家で「寛政の三奇人」の一人とされた人物は——』


「あ、これは僕にも分かる。高山彦九郎だろ」


「わ、早い」


「僕にだって文系の意地というものがあるのさ」


「う~悔しい。よくそんな人知ってるわね」


「実は京都の三条大橋の側に高山彦九郎の銅像があるんだ。御所に向かって頭を下げている姿の像だから、みんな“土下座像”って呼んでるけど」


「あら、そうだったのね。土下座像って面白い」


「だろ。僕も初めて聞いた時は笑っちゃったよ」


 高山彦九郎像のある場所はよく待ち合わせ場所にもなるので、京都に住む人にとってはかなり馴染み深い。

 テレビを見ると案の定、解説の中で通称“土下座像”が紹介されていた。

 高山彦九郎問題が終わると、次は英語の問題になり、今度は圧倒的に夏音の方が強かった。


 クイズ番組を見ながらご飯を食べ終わり、テレビの方も丁度番組が終わった後のCMの時間になったため、僕は「ごちそうさま」と手を合わせてから立ち上がって食器を洗いに行く。


 夏音は「私が洗うよ」と言うが、流石にご飯を作ってもらった手前、洗い物ぐらい僕にやらせてくれないと男の名が廃る。

 僕はシンクに置いてあった調理器具と、二人分の食器を洗い終え、食卓に戻る。クイズ番組の後、次の番組が始まるまでの間の5分間にニュースが流れていた。


『ニュースの時間です。7月29日午前2時28分に東京発大阪行きの夜行バスが——』


「お疲れ、洗い終わったよ」


『……この事故では多数の死傷者が発生しております。意識不明の重体である女性の身元は、現在公表できないとのことです……』


 僕が夏音に声をかけた時、彼女はニュースが報道されているテレビ画面を見つめてぼうっとしていた。

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