目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

06エピローグ

 ライト帝国セブン地域南部、サウシスの街。


「バリィー準備出来てるのー?」


 妻は髪をセットしながら、夫へと尋ねる。


「ああ、まあでもポピーかスズランの転移で跳んでくんだろ? 特に用意するもんもねえだろ」


 煙草をくゆらせて、夫は返すと。


「違うよ。子離れの話」 


 鏡越しに目線を送りながら妻は突きつける。


「………………で…………出来てない……っ、出来る気が……しねえ…………どうすりゃあいいんだっ!」


 咥えた煙草から伸びた灰がぽろりと落ちるほど考え込み、夫は結論を述べる。


「幸せを願えばいいのよ。目が良すぎるあんたはもう少し自分の目が届かないところでも良いことは起こるって、信じた方がいい」


 鏡台から振り返り、妻は妻が思う夫への結論を伝える。


「……うーん…………、ちょっとおっぱい」


 夫は短くなった煙草を消して、考え込み妻を求める。


「はいはいおいで」


 妻は呆れるように両手を広げて夫を受け止める。


 夫は妻の胸に顔を埋めて、少し泣いた。

 妻は夫の涙に気付かないフリをしながら、頭を撫でた。


 セブン地域北部、旧アルター領森林の村。


「ポピーさん、スズ! そろそろ時間じゃないのか?」


 筋骨隆々な父は母と娘に声を掛ける。


「ん……? まだ全然時間あるじゃない。転移使うから一分前に動けば十分でしょ」


 のんびり本を読んでいた母はゆったりと父へ返す。


「なんなら入場開始時間だしね、バリィさんたち待たせるのはあれだけど合流してからちょっとお茶してもいいくらいかも」


 同じくのんびりとソファに寝転び最新型の『画面付通信網結晶』をいじりながら返す。


「あら、帝都におすすめの喫茶店とかあるの?」


 娘の言葉に反応した母は尋ねる。


「いっぱいあるよ! というかあり過ぎて困るレベルだよ! あーでも親父が入れる店ってなると……ボックスシートだと狭いかも……あるかな」


 母の問いに娘は身体を起こして答えつつ、手元の最新機器で喫茶店について調べる。


「やっぱり魔法使いは凄いね……優雅が過ぎるよ」


 そんな二人の様子を見て、父は落ち着いて腰を下ろす。


「あなたもそろそろ慣れなさいよ。うちは世界で一番不便がない家なのよ?」


 得意げに母は言う。


「いや田舎過ぎるって……、あ! 帝都に鋼鉄の椅子とテーブルの筋肉喫茶ってのがあるってさ」


 母の言葉に引っかかりつつも娘は検索結果を母に伝える。


「うっそなにそれ……え、大丈夫なの? いかがわしいお店じゃないの……それ? 帝都進み過ぎでしょう……」


 興味津々に母は前のめりに確認する。


 一家はこのあと、別の一家と合流し調べた喫茶店で優雅にお茶をした。


 ライト帝国、帝都。


「………………ふー」


 彼女は一人、長い黙祷の後に息を吐いてその場をあとにする。


 ここは先の大規模同時多発テロにおける被害者、さらにはテロ被害を抑えるために戦った英霊たちの名が刻まれた慰霊碑。


 でも彼女の目的はこれじゃあない。


 ついで、というと不謹慎だが彼女自身も先のテロに巻き込まれ生き延びた身として寄らずには居られなかった。


 そこから少し歩いて会場へと向かう。


 おそらくそろそろ彼女の家族も来ている頃だから少し見渡すが、まだ到着はしていなかった。

 この時家族は、合流した別の一家に筋肉喫茶へと連れられて筋骨隆々な店員と客に囲まれながら重くて座り心地の悪い鋼鉄の椅子に座ってプロテインラテを飲んでいる。


 故に彼女はまた一人。


 なので会いに行くことにした。

 有名選手である彼女は、選手控室まで顔パスだ。


 西側控室まで辿り着き。


「…………あ、いた。どう? 吠え面かかせてやれそう?」


 彼女は問いかける。


「うーん、どうだろ。吠え面かかせる間もないかもね…………一撃だから」


 問いかけに対して、は。


 つまりはそう返した。


 そう、僕は生きている。


 あの日。


 あの【ワンスモア】の宇宙拠点サプライズノアにて、ナナシ・ムキメイをぶっ飛ばして。


 宇宙拠点に致命的な損傷を与えて。

 ボロボロのまま脱出のために『転送装置』へと辿り着いたものの。


 『転送装置』は全て破壊されており、沈みゆくサプライズノアと共に死を覚悟したその時。


「やあ、君がチャコール・ポートマン君か……」


 突然目の前に現れた、魔法族の老人が僕に向けてそう言った。


 驚愕し過ぎて声も出ない様子を察して、老人は。


「ああ私はタヌー・マッケンジィ、魔法国家ダウンの前国王だ。クロウさんから連絡があった、今は手が空いているのが私しかおらんでな」


 淡々とそう名乗った。


 タヌー・マッケンジィ。

 流石に田舎者の僕でも知っている。


 魔法国家ダウンの前国王……つまり大魔王。


 一代で魔法国家ダウン内のインフラや食料事情や犯罪率を一気に完全し、単一民族国家としてライト帝国すら介入ができないほど完成した国家へと成長させた人。


 教科書にも載っているし、超大物有名人。


 でも僕はそれだけでなく、バルーン一家との親交の深さから話を聞く機会が多かった。


 ライラちゃんが幼少の頃から祖父のように慕っているという、学生時代は夏休みとかを利用して遊びに行っていたりしていたらしい。


 そもそもはクロウさんとタヌー氏が繋がっていて、タヌー氏はクロウさんの公国落としに協力をしていた。


「まさか宇宙基地なんてものを……ビリーバーがやりたい放題しおって……、ふむ落下地点は海か。ほとんど大気圏で焼け落ちるだろうし、回収は難航するが……まあグリオン辺りになんとかさせるか」


 拠点内を見渡して、タヌー氏はそう述べて。


「ほら掴まりたまえ、跳ぶぞ」


 そう言いながら、細い腕をこちらへ差し出す。


「こ、この速度で落下している状況で転移魔法は――」


 僕はタヌー氏にそう言おうとしたところで。


「はあ……私はこれでも人類の進化系である魔法族の王……魔王だぞ。この程度、造作もない。ほらさっさと連れてくぞ、うちで治療してやる。話を聞かせろ、ビリーバーについてな」


 タヌー氏はそう言って、僕の腕を掴んで。


 いとも容易く、魔法国家ダウンへと跳んだ。


 とんでもない魔法。

 魔力で繋がった時間すら干渉されない観測の出来ない時空間トンネルを通る既存の転移魔法とは違う。

 空間と空間を無理やり引っ張って歪ませくっつけたところに、穴を開けたみたいな。


 世界そのものに干渉した魔法。

 まるで隣の部屋へとドアを開けて移るような……とんでもない魔法。


 僕は魔法使いの天井をおふくろとしてしまう節がある。


 この魔法という現象はもっと深い。

 魔法族の王……、なんて侮り方をしてしまったんだ。

 この人は、魔法という現象の深度においてはクロウさんを超えているんだ。


 そこから一ヶ月ほど、魔法国家ダウンで治療を受けながら事情聴取をされた。


 いやダウンは医療技術も凄まじいので、怪我自体はわりと早い段階で完治したのだけれど事情聴取が長かった。


 本当に覚えていることを全部。

 どんな些細ことも漏らさず、王族親衛隊の隊長であるグリオン氏にこれでもかってくらいに絞られた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?