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第四十九話 一時休戦

 このままでは、いずれまた揉めるでしょう。

 私は、パグリア前魔王の気持ちも、ルーロさまの気持ちも、彼女を見つめる王子さまの気持ちも分かります。

 この方たちの持つ望みは、そのどれもが全てを完璧に叶えるのが難しいことも分かります。

 だからといって、全て叶うことがない望みとも思えないのです。

 この場で、そのために動くことができる者は、おそらく私1人。

 気づかないふりをして飛び去るという選択肢もあるでしょう。

 ですが私は、そうはしたくありません。

「アーロさま。私から降りてください」

「はい、セラフィーナさま。重かったですね、気か利かなくて申し訳ございません」

 背中から返事が聞こえてすぐに、重みと温かさが消えました。

 アーロさまの重さくらい、私にとってはどうってことはありません。

 むしろ体温を感じられなくなって寂しいです。

 ですが、いまはそんなことを言っている場合ではありません。

 私はふわっと軽く前転しながら人化しました。

 みるみるうちに体は縮み、銀のうろこが薄絹へと変わっていきます。

 たてがみは銀髪になって、風に吹かれて後ろへとなびいていきます。

 そんなに勢いをつけた覚えはないのですが、一陣の風が巻き上がって砂ぼこりと共に周囲を煽っていきました。

 人間からはもちろん、魔族からも「おおっ」とか「あっ」とか声が上がっていますが、今は構っている暇はありません。

 なかには「美しい」という呟きと共に、うっとりとした視線を向けてくる者もいます。

 その点に関しては同意したいのですが、いまは相応しいときではありません。

 私は「美しい担当のドラゴン」であり、「可愛い担当のドラゴン」でもありますが。

 ほかにも「平和」とか「正義」とか「調和」なども担当せよと言われれば、勇気をもって受け入れます。

 118歳の若輩ドラゴンでも、やれるところまでやりますよ、私は。

「私が、魔族と人間との仲介に立ちましょう」

 つとめて優しい口調で、皆に向かって申し出ます。

 人間も、魔族も、ゴクリと唾を呑み込んで緊張の面持ちですが、私は脅してなどおりませんよ?

 取って食うような真似はしませんので、ご安心ください。

 そんな気持ちを込めた笑顔でより青ざめるとか、ちょっと失礼ですね、あなた方。

 でもっ! やると決めたことはやりますよ、私は。

「でっ、では、天幕を張って準備を……」

「魔族と人間ではサイズが……」

「いや、パグリア前魔王は小柄ですから……」

 バタバタと準備が始まりました。

 人間と魔族が協力して話し合いのための場所を準備しています。

 随分テンポよくトントンと動いていますね。

 魔族と人間、既に仲良しに見えるのは気のせいでしょうか。

 私は脅してなどおりませんよ。

 準備を見守っているだけで。

 などと思っている間に、会場の準備は整ったようです。

 物陰に隠れて控えていたモゼルが寄ってきて、そっと私に指示を仰いできました。

「お嬢さま、私がお茶の支度などいたしましょうか?」

「そうね、お願いするわ」

 ざっと見たところ、男性ばかりです。

 これから戦争をしようとしていたのですから、当たり前と言えば当たり前ですが。

 むさくるしい人間や、見るからに恐ろしい魔族よりは、モゼルのほうがお茶出し係には向いているでしょう。

 話し合いで暴力沙汰になっても、モゼルなら人間の男性くらいは簡単に制圧できますしね。

 魔族は、私が担当することにします。

「魔族代表はパグリア前魔王さまね」

 私の言葉に、パグリア前魔王はコクンと頷きました。

 羽織っている黒地のマントは地面に着くほど長く、金属の飾りがジャラジャラついています。

 魔族の王は黒いマントがお好きのようです。

「えっと……人間の代表者は、どなたですか?」

「将軍である吾輩が務めよう」

 私が声をかけると、白髪交じりの立派な髭をたくわえた大柄な男性が前に出てきました。

 魔族であるパグリア前魔王の方が小柄です。

 将軍が着ている灰色とも茶色とも言えないくすんだ色の軍服には、勲章がたくさんついていてジャラジャラしています。

 軍を率いる方々は、ジャラジャラさせるのがお好きのようです。

 威嚇でしょうか。

 野生の熊とかならともかく、私はドラゴンなのでちっとも怖くありませんが、ちょっとイラッとしますね。

「あとは……」

 私は辺りを見まわしました。

 そこにキラキラした金髪の青年が声を上げます。

「私も参加しよう」

「レイナード王子、ここは吾輩に任せていただいて……」

 将軍が戸惑ったような表情を浮かべています。

 どうやらこの人間、今回の騒動がどうして起きたのか本気で分かっていないようです。

「いや! そんなわけにはいかないっ! 私は次の国王となる身であるし、ほかならぬルーちゃんのことだからねっ! 参加する資格があるっ!」

「レイナードさまぁ~」

 力強く言うレイナード王子に向かって、パグリア前魔王の後ろに控えていたルーロさまが悲痛な声を上げました。

 子犬が上げる「くぅ~ん」という悲痛な鳴き声と似た響きの声です。

 コレはちょっとたまりませんね。

 抱き上げて、頭を撫でて、守ってあげたい気持ちになりました。

 とても庇護欲をそそります。

 私がルーロさまを見ると、パグリア前魔王も娘を振り返ってガン見しています。

 ようやく気付いたようです。

 お宅の娘さん、そこの王子さまに恋してますよ。

 将軍は、厳つい顔に困惑の表情を浮かべて首を傾げています。

 これはちょっと手間取りそうですね。

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