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第五十話 また調停会議ですか……

 天幕のなかに入ったのは、私とモゼル、王子さまとルーロさま、将軍とパグリア前魔王、そしてアーロさまです。

 人間はもちろん魔族も護衛が入ってきたがりましたが、モゼルが近くにあった岩を魔法で砕いて黙らせました。

 前魔王がいるので心配なのは分かりますが、モゼルもいますし、私もいるわけですから信用してもらいます。

 護衛たちは天幕の外で待機です。

 モゼルはスッとアーロさまの背後に近付くと小さな声で「アーロさま。聖剣は魔族には毒となりますので、お預かりしますね」と言って、聖剣を受け取りました。

 モゼルは個人の魔法収納庫を持っています。

 魔法収納ができる鞄のようなものです。

 出先でも簡単に物を出し入れすることができますし、とても安全に収納することができます。

 聖剣は、安全な場所へと保管されました。

 これで安心です。

 ルーロさまが、ホッと息を吐く気配がします。

 魔力量の多いパグリア前魔王はともかく、華奢なルーロさまには、聖剣の存在がきつかったようです。

 気の利くメイドを連れてきてよかったです。

 モゼルが魔法収納庫を開いて、そこから茶器や茶葉の載ったティーワゴンを取り出しています。

 収納力抜群なのはよいですが、どのようなしまい方をしているのでしょうか。

 少々不安になります。

 私が長いテーブルの端にある椅子へ腰を下ろすと、右側に将軍と王子さま、左側にパグリア前魔王とルーロさま、そして正面にアーロさまが座りました。

 モゼルが淹れる紅茶のよい香りが、天幕のなかに広がっていきます。

 ですが、みな緊張した面持ちで一点を見つめてじっとしています。

 誰も言葉を発しません。

 とても居心地が悪いです。

 モゼルが、私の前へと静かにティーカップを置きました。

 ガシャガシャ音を立ててお茶の用意をするタイプの使用人だったら耳障りだったでしょうね、と思うほど静かです。

 紅茶を一口いただきます。

 沈黙が気まずいなかでも、モゼルの淹れた紅茶は美味しいです。

 私は探るように左右の人々を眺めます。

 パグリア前魔王は、真顔で正面をじっと見つめていますが、その大きな瞳はウルウルしています。

 ルーロさまも大きな瞳をウルウルさせて、プルプルと小刻みに震えています。

 隣に並ぶとよく似ているのが分かる親娘おやこです。

 将軍は、鼻の下と顎にある、白髪交じりの立派な髭を撫でています。

 鼻の下の髭を撫でたり、顎の髭を撫でたりしているので、指先は動いていますが、ジャラジャラついている勲章が音を立てることはありません。

 器用ですね。

 王子さまは、パグリア前魔王に視線を向けたり、ルーロさまの方を見たりしながら、口を開こうとしては閉じてを繰り返しています。

 音は立ててはいませんが、表情がうるさいです。

 などと観察している間に紅茶がなくなってしまいました。

 面倒ですが、調停会議を始めたほうがよさそうです。

 モゼルがおかわりを淹れてくれている間に、話を進めていきましょうか。

「それでは、なぜこのような事態を招いたのか、説明をしていただきたいです」

 私はそう言いながら、パグリア前魔王に視線を向けました。

ちんは、一人娘のルーロが行方不明となり、探していたのだ。王国にいるという密偵からの知らせを受けて来てみれば、娘との絆を結ぶ魔法の術式が光を放った。だからルーロは近くにいるはず、と確信をもって見つけようとしただけだ」

 パグリア前魔王は、シワが沢山あってたるんでいる顔にはまった大きな目をウルウルさせていますが、周囲を威嚇するように強い魔力を放っています。

 私はモゼルに目配せをして、パグリア前魔王の周囲に魔法で防御の壁を張ってもらいました。

 ルーロさまの震えが、少し収まったような気がします。

「ふんっ。そんなことを言って、王国を乗っ取るつもりだったんだろ。魔族めっ」

 将軍が、吐き捨てるように言いました。

 パグリア前魔王は、正面に座る将軍を睨むと強い口調で言います。

「そもそも魔王でないちんには、王国との戦争を始める資格すらない。ちんは、愛する娘を見つけるために、魔王の地位も捨ててきた。だから王国に攻め入ることなど出来ないのだ。ここへは1人の魔族として、父親としてきた」

「なら、一緒に来た魔族の軍はなんです? アレだけの数が揃っていたら、王国はひとたまりもない」

「アレはちんについてきた友人たちだ。魔族軍であれば、空は一条の光すら差さらぬほど黒く染まり、地も足の踏み場もないほどの軍勢となる。魔族軍を甘く見るな。ひれよりも、お前たち人間は卑怯にもちんの愛する娘、ルーロを捕らえていたではないか」

 パグリア前魔王は、大きな黒い瞳をウルウルさせて将軍を睨んでいます。

 モゼルの張った防御壁のなかを、パグリア前魔王の魔力が火花を散らしカンカン音を立てながら走っていくのが見えました。

 念のため、魔法で防御壁を張っておいてよかったです。

 将軍の気持ちも分かりますが、見た目に反して強いパグリア前魔王を無駄に刺激しないで欲しいと思います。

 前魔王だけあって、パグリアさまの持つ魔力量は半端ないですよ?

 もっとも人間には魔力が感じ取れないようですし、パグリア前魔王はルーロさまの父親だけあって、見た目は可愛いですからね。

 侮るのも仕方ないです。

 その隙を突いてくるのが、魔族なのですけどね。

「ここで揉めないでちょうだい。まずは状況確認をしたいのだけど。王国はルーロさまを捕らえたりしたのかしら?」

「いや滅相もない。吾輩どもは、そんな卑怯な真似はしません、銀色ドラゴンさま。だいたい魔族軍と戦争をして、人間にメリットがあると思われますか?」

 将軍の言う通りです。

 魔族軍を相手にして、人間に勝ち目などあるはずかありません。

 戦争をして勝ったところで、魔族の国なんて物騒なだけで人間の欲しがるようなものは何もありませんしね。

 ルーロさまを攫う意味などありませんし、そもそも人間に彼女を攫えるほどの力はないでしょう。

 パグリア前魔王の隣にいるから弱々しく見えますが、華奢に見えても魔力を持っている魔族であるルーロさまは人間よりも強いはずです。

「どうしてこのような事態を招いたのか、説明していただけますか? ルーロさま」

 私はパグリア前魔王の横でプルプル震えている、小柄で華奢な女性へと目をやりました。

 ここは、大きな黒い瞳に不安の色を湛え、ギュッと口元を引き締めているルーロさまに、事情を話してもらうのが早そうです。

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