目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五十一話 ルーロさまの話を聞きましょう

 皆の視線が、ルーロさまに集まりました。

 パグリア前魔王の隣で、ルーロさまの華奢な体がプルプルと震えています。

 大きな目にはまった黒い瞳は、ウルウルとしていて何かに怯えているように見えます。

 十八歳の魔族にしては、幼く見える丸い顔に、少し低めの小ぶりな鼻。

 口元をキュッと引き締めているので、小さな顎がよりキュッとして見えます。

 緩いウェーブを描く淡い茶色の長い髪を、結うこともなく垂らしているので、より幼く見えます。

 控えめに言っても、庇護欲をそそります。

 同性である私も、守ってあげたくなるような女性です。

 髪と同じ色のドレスは、ふわっとしているデザインですが、地味です。

 その佇まいが、より庇護欲をそそるのです。

 はっきり言って可愛いです。

 下手に問い詰めるようなことをしたら、こちらが悪く見えることでしょう。

 ですが、聞くべきことは聞かなくてはなりません。

「ルーロさまは、どうして王国へいらしたのですか?」

 私が言葉に、ルーロさまの黒い瞳がウルウルッと揺れました。

 だからっ。私が意地悪しているように見えるからっ。冷静になって事情を説明してください、ルーロさま。

 パグリア前魔王も、娘に説明を促します。

ちんは、お前に護衛をつけて大事に、大事にしていたのに。どうして魔族の国から出てしまったのだ?」

 ルーロさまはウルウルした目で私とパグリア前魔王を見比べながら、キュッと引き結んでいた口を開きました。

「わ……わたくしは……魔族の国を出るつもりなど、なかったのです。でっでもっ……でも……」

 つっかえながら話し始めたルーロさまでしたが、再び口を引き結び、俯いてしまいました。

 ウルウルと潤む瞳には涙の膜が張っていて、いまにも零れ落ちそうです。

 あ、いま溢れて涙が一筋、ルーロさまの白い肌を伝って落ちていきました。

 守りたい。守ってあげたい、この存在。

 なんなのでしょうか。

 私の中で、庇護欲が大爆発します。

 とても可愛いです。

「でもっ!」

 ルーロさまが顔を上げ、涙をハンカチで拭うと、キュッと表情を引き締めました。

 健気です。

 私の心がキュンとします。

 頑張れー、ルーロさま。

 口にはせずに、心の中で応援します。

「お父さまは、おっ、お忙しい方、ですから……わっ……わたくしは、1人でいることが多かったのです」

 ルーロさまは時折、しゃくりあげながらも、一生懸命に説明しています。

「わたくしは……えっと、ご覧の通り……まっ魔力の量が、少し……乏しく……。魔族のお友だちができにくく、寂しく過ごすことが多かったのです」

 ウルウルした瞳で、遠くを見るルーロさま。

 絵になります。

 その細い肩を、ギュッと抱きしめてあげたくなります。

 魔族は違うのでしょうか。

「わたくしを心配したお父さまは、護衛をつけてくれました」

 ルーロさまは華奢ですし、魔力量も少なく、魔王の娘となれば、狙われやすいです。

 護衛をつけるのは当然のことです。

 ルーロさまが行方不明になったとき、護衛はどうしていたのでしょうか。

「わたくし……護衛に裏切られたのです」

「「「「「「えっ⁉」」」」」」

 思わずその場にいた者は声を上げました。

「護衛と2人でいたはずが……気付いたら、知らない魔族と2人きりになっていて……」

「なんとっ!」

 パグリア前魔王の顔色がサッと変わりました。

 周囲に張られた防御壁のなかを、魔力がカンカン音を立ててぶつかっている音が、激しすぎてうるさいです。

「わっ……わたくしに、こっ好意があると、けっ……結婚を申し込まれ……」

「なんだって⁉」

 レイナード王子が叫びながら、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がりました。

 ルーロさまから「くぅーん」みたいな音が出ました。

 それはそれは庇護欲をそそって抱きしめたくなる可愛さですが、ここは我慢が必要です。

 パグリア前魔王を刺激したくありませんし、ルーロさまの話の続きも気になります。

 私はレイナード王子を視線で制し、椅子に座るように促しました。

 ルーロさまを見なさい。

 レイナード王子が過剰反応するから、また目をウルウルさせて俯いてしまったではないですか。

 可哀想可愛いです。

 ギュッとしたくなります。

 私はルーロさまに駆け寄って抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、先を促しました。

「ルーロさま、それでどうなさったのですか?」

「わっわたくしは、怖くなってしまって……その場から逃げ出したのです」

 ルーロさまの隣で、パグリア前魔王の魔力が火花を散らしてカンカン音を立てながら走っていくのが見えました。

 だからっ。うるさいですって、パグリア前魔王さま。

 ルーロさまは、たどたどしい語り口ではありましたが、説明を続けています。

「なのに……知らない魔族は追いかけてきて……この姿では早く走ることができませんから、わたくし、犬の姿になって走ったのです」

 再びキュッと口元を引き締めたルーロさまは俯いてしまいました。

 私は務めて優しい声で問いかけます。

「そのまま、王国までいらしたのですか?」

「はい。……わっ、わたくし、三日三晩泣きながら、走り続けて……気付いたら、森の中にいたのです」

 三日三晩。

 華奢でも魔族。流石の体力です。

 ルーロさまは、顔を上げるとレイナード王子のほうを見ました。

「その森のなかで、レイさま……いえ、レイナード王子と出会ったのです」

 レイナード王子は無言で頷きます。

 ここから恋バナが始まるのですね?

 私は期待にゴクリと唾を呑み込んで、ルーロさまとレイナード王子を交互に眺めたのでした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?