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第五十二話 ルーロさまとレイナード王子の恋バナ

「わっ、わたくしは……気色の悪い魔族の男から逃げるために……どこを目指すともなく、走り続けました。……もう、こわくて、こわくて。三日三晩、泣きながら、走り続けました。……そして、気付いた時には、王国近くの森の中にいたのです」

 ルーロさまの説明を聞いた将軍が、頷きながらブツブツ言っています。

「あの森か……苔むしたような大木が生い茂っている、王都のすぐ傍にあるとは思えないような……あそこに迷い込んだのなら、魔族でも怯えるのは当然か」

「いえっ! わっ、わたくしは、怯えていたわけではありません」

 プルプルと震えながらも、ルーロさまは抗議するように将軍を睨みました。

 大きなウルウルした目で睨まれても、怖くはないでしょう。

 実際、将軍は馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべてルーロさまを見ています。

「わっ、わたくしはっ……こう見えても、魔族ですから。……暗い森だからといって、おっ、怯えたりなど、いたしません。そもそも方向感覚はよいほうですからっ。迷子になど、なっ……なりませんからっ」

 ウルウルした目で将軍を睨んでいるルーロさまのほうが、怖がっているように見えます。

 ルーロさまは魔族ですから、人間を怖がったりしないと思いますが。

 あぁ、ダメです。愛しいです。プルプルと震えながら潤んだ瞳で将軍を睨んでいるルーロさまが、たまらなく庇護欲をそそります。守ってあげたい。ギュッと抱きしめてあげたくなります。

「そうだっ! ルーちゃんに失礼だぞ、将軍っ!」

 我慢できなくなったのか、レイナード王子がガタンと音を立てて椅子から立ち上がって叫びました。

「レイさま……」

「ルーちゃん」

 立ち上がったままのレイナード王子とルーロさまが、見つめ合っています。

 時が止まったようです。

 そして、甘ーい。

 とてつもなく甘い雰囲気が漂っています。

 将軍はそれが気に入らない様子です。「ケッ」とか吐き捨てるような音がしたようですが、私の気のせいでしょうか。

 レイナード王子がキッと表情を厳しくして将軍のほうを見ました。

「将軍っ! ルーちゃん……いや、ルーロさまに失礼な態度をとるのは止めないか。そもそも迷子になっていたのは私のほうだ」

 ん?

 急に話が飛びましたね、レイナード王子。

 レイナード王子、迷子になったのですか?

「そうです。森で迷子になっていたのは、私のほうです」

 周囲の視線を感じたレイナード王子は、自白するように言いました。

 どんな自白ですか。

 私の期待している自白は、そっちではありません。

「殿下……なぜ、あんな別の国の島のような、デカい木が生い茂る陰気な森へ入ったのですか?」

 将軍が呆れたように言いました。

「いや、ちょっとイケルかな? と思って。手前のほうの、ほんの少し先なら。入って行っても、すぐ帰って来られると思ったのだけれど……」

 レイナード王子は、呆れる将軍から視線を逸らして椅子に腰を下ろすと、恥じ入るように赤面しながら言い訳じみた説明にならない説明をしています。

 ちっとも事情は分かりませんが、護衛は何をしていたのでしょうか。

「私も十八歳になったから……もう子どもではないから。護衛は要らんと振り切って、ちょっと冒険してみようと思って森へ……」

 いや、レイナード王子。

 その行動、充分に子どもっぽいですよ?

「ちょっと入ったつもりが、戻る道が分からなくなり、どんどん奥に入ってしまったようで……そこでルーちゃんに初めて会いました」

「はい、そうです」

 なんと運命的な出会い。

 キラキラ金髪に青い瞳の王子さまと、ウルウルした目の華奢な魔族女性が、鬱蒼とした森で出会ったのですね。

「わたくしは、犬の姿でしたが」

 あら、王子さまと乙女の出会いではなくて、犬との遭遇でしたか。

「ウルウルした大きな目をした小さな犬が、森にポツンといたのです。日も差さぬような森の中で、そこにだけ一条の光が差していた。一枚の絵画のように美しい光景で……私は目が離せなかったよ……ルーちゃん」

「レイさま……」

 いや、だから。

 甘いムードを出してないで、先を、先を話してください。

「こんな可愛い子犬が、どうしてこんな所に? と疑問に思った私を、子犬のほうも不思議そうに見ていました。潤んだ大きな瞳で。てっきり子犬が怯えていると思ったのですが……『君も迷子かい? 私も迷子なんだ』と話かけると、その子犬は『クゥ~ン』と小さく可愛らしい声を上げて、ついておいでとばかりにトコトコと歩き出して……とても不思議な気分でした」

 レイナード王子が遠くを見るような目になりました。

 その時のことを思い返しているのでしょう。

 ルーロさまが犬になった姿は、可愛いですからね。

 レイナード王子の鼻の下が、ちょっと伸びても仕方ないです。

 ルーロさまが補足するように説明します。

「わたくしは、レイさま……。いえ、レイナード王子が、帰り道が分からないとおっしゃっていたので、ご案内しようと……。わっ、わたくしは、方向感覚はよいほうですし……鼻も利くので……。レイナード王子が、どちらの方向から来たのか、嗅ぎ分けながらご案内したのです」

「そうです。不思議に思いながらも私は、子犬の後についていき、無事に森から出ることができました」

 レイナード王子が、その時のことを思い出しながらコクコクと頷いています。

 なぜ貴方が得意げなのですか?

 ルーロさまは、パグリア前魔王のほうをチロッと見て、申し訳なさそうに話しています。

「あの……。わっ……わたくしは……そのまま森に戻り……。気持ちが落ち着き次第、国に帰るつもり、だったのです……」

 なぜ、そうはならなかったのでしょうか。

 パグリア前魔王を囲む防御壁がカンカン音を立ててうるさいので、状況説明をお願いします。

「私は可愛い子犬と離れがたくなり、王宮へと連れ帰ったのです」

「ええ、わたくしも、レイナード王子と離れがたく……いけないことだとは、分かっていたのですが。ついていってしまいました」

「なんと」

 パグリア前魔王はガタリと椅子から立ち上がると、右手のひらを口元にあて、見開いた両目と左手とをルーロさまに向かって伸ばして、強い衝撃を受けたことを全身で表しています。

 可愛い娘の成長に衝撃を受けたのはわかりますが、防御壁の中で魔力が光りながらカンカン走っていくのがうるさいので、もう少し冷静になっていただいてよいですか、パグリア前魔王。

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