見知らぬ騎士の青年に助けられたアンジェリカ。
その日以降、アンジェリカは二度とおかしなことを考えるのはやめた。
『あなたにもしものことがあれば、悲しむ人々がいることを忘れないでもらいたい』
青年の言葉が、アンジェリカに生きる希望を与えたのだ。
(もし私が死んだりすれば、きっとヘレナは悲しむに決まっているわ。それにクルトやロキ、エルだって……)
アンジェリカは卒業後、町で働き口を探そうと思っていた。
けれどローズマリーが出産するまで、町をむやみに出ることを禁じられたせいで働きに行けなくなってしまった。
全てはアンジェリカが出産したと世間に思わせる為という、なんとも身勝手な理由で。
そしてチャールズは誰にも知られずに安心してローズマリーが出産出来る様に、義母とローズマリーを連れて別荘へ旅立った。
一度もアンジェリカが行ったことのない別荘へ……。
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それはチャールズが別荘へ旅立って、半年後のことだった。
エプロン姿のアンジェリカは、ロキと畑仕事をしていた。
「ねぇ、ロキ。種の撒き方はこれで良いかしら?」
隣りで鍬を振るうロキに尋ねた。
「そうですね。このくらいの間隔で蒔けば良いでしょう。では上から土をかぶせましょう」
「ええ。お願いね」
「アンジェリカ様……申し訳ありません」
土をかぶせる作業をしながら、ロキが謝ってきた。
「ロキ、何故謝るの?」
「伯爵令嬢であるアンジェリカ様に畑仕事をさせてしまっているからです」
アンジェリカに労働させていることが申し訳なくてたまらなかったのだ。
けれど、アンジェリカは笑う。
「そんなこと気にしないで。どうせ私はすることも無いのだから。それに働くことは、意外と楽しいわ。私も少しは役立てるのかなって思えるもの」
「アンジェリカ様……」
そのとき。
「アンジェリカ様! 大変です!」
ヘレナが慌てた様子でやって来た。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「はい、実はセラヴィ様が訪ねて来られたのです」
「え!? セラヴィが!?」
アンジェリカの顔色が変わる。
「セラヴィ様が……? 一体何だって今頃来たのでしょう」
ロキが眉を顰めるのも当然だ。
あの卒業式の一件以来、セラヴィは一度もアンジェリカの前に姿を現したことは無かったからだ。
「一体セラヴィは何をしに来たのかしら……」
今更セラヴィと話すことは何も無い。それにあの日の一件から、アンジェリカにとってセラヴィは怖い存在となっていた。
「さぁ……それが何を聞いても教えてくれないのです。アンジェリカ様に直接話をすると言って、入って来てしまったのです。……申し訳ございません」
ヘレナが申し訳なさそうに謝ってくる。
単なる侍女でしかないヘレナが伯爵令息のセラヴィに盾突くことなど出来なかった。
「いいのよ、ヘレナは何も悪くないから。セラヴィが待っているなら、行かないと駄目よね。行ってくるわ」
「俺も立ち会わせて貰えますか?」
ロキは手にしていた鍬を足元に置いた。
「私も当然立ち会わせていただきます」
「2人とも、ありがとう。それでセラヴィはどこにいるの?」
アンジェリカはヘレナに尋ねた。
「リビングでお待ちです」
「そう……分かったわ。行きましょう」
「「はい」」
2人は声を揃えて返事をした——