民家がある方角からスーロンとキシリトが複数人の鬼たちを連れてくるのが見えた。その時にはアレンは泣き止み、彼らを出迎える。
民家地帯で住んでいる獣人どもの戦闘レベルは、ここ辺りにいた獣人どもと比べて弱かったらしい。手負いの二人でも簡単に制圧でき、すぐに鬼たちを保護したそうだ。
保護した鬼の数は十数人で、そのほとんどがロン(ゾルバ村で別れた元戦士の男鬼)と同じ廃業に追い込まれた戦士たちだった。ここに連れてこられてからもロクに治療してもらえなかったせいで傷が悪化し、手足に深刻な怪我を負っている。
地下から保護してきた鬼たちを合わせると20人程度。これでも最初にいた数の3割くらいで、ほとんどが食糧にされたり、衰弱死したり過労死したそうだ。
保護された鬼たちは弱っているものの、獣人族から解放されたことに喜びをあらわにしている。痛々しい彼らの姿を見たアレンの目に暗い感情が灯って見える。
「みんな…酷い仕打ちを受けてきてる。ロクに食べさせてもらえてない………」
アレンは保護してきた鬼たちを順番に見ていく。見た数が増える度に拳を握る力が強まっていく。
「鬼族に恨み?領地争いで負けただけで、私の仲間たちをこんな目に遭わせていいとでも?こんなのは復讐なんかじゃない。ただ悦楽による虐待…!」
最後の鬼を見る。その鬼はソーンよりも幼い。10歳にも満たない子どもだ。その子の頭に手を置いて撫でながらアレンは目を伏せる。
「お母さんお父さんたちは戦争で敵戦士たちの命は奪ったけれどそれも最小限にとどめてた。鬼族の為に、生き残る為に仕方なくやった。
でも獣人族は、無駄に鬼族を虐げて殺した…!あいつらは、“悪” だ”!!」
そう叫んで立ち上がって仲間たちを見回す。全員アレンに頷いて応じる。それを確認すると俺のところに来て目を合わせる。
「コウガ。私たちは………
この国を……獣人族という魔族を滅ぼす」
沈黙がおりる。アレンたちの目は真剣そのもので、激しい憎悪も渦巻いている。
「国を、一つの種族を滅ぼす。その意味は分かってるのか?」
「うん。戦士はもちろん、民家にいる非戦士の獣人どもも、全員殺す。
みんなみんな殺す、獣人は一人残らず全部殺す!」
アレンの返答に藤原とクィンが息を詰まらせるような声を漏らす。
「それもアレンにとっての復讐になるのか?やりたいことなのか?」
「うん。仲間のみんなも同じ気持ち。でも彼らにはまだ聞いてない」
アレンは保護した鬼たちに目を移す。
「あなたたちはどうしたい?あなたたちにも復讐する資格がある。ううん、あなたたちにこそ資格がある。
私たちが復讐したいのはあなたたちや死んだ仲間たちの為もあるけど、いちばんの理由は私たちがそうしたいから。復讐ってそういうものだと思うの。
あなたたちが獣人族を憎んでるなら、殺したいと思ってるなら、復讐したいなら、一緒に……!」
そう言って彼らに手を差し伸べる。
「俺は………」
一人の男の鬼が声を絞り出す。
「獣どもを殺したい、復讐してやりたい………。ああそうさ!あの獣どものせいで俺はもう戦士としての生命が断たれた!よくも俺をこんな理不尽を、よくもこんな目に!!俺はやるぞ!!」
怨嗟満ちた目を見せてそう叫んだ。その男の叫びをきっかけに、次々と声が上がる。
「その通りだ、俺たちには復讐する権利がある」
「ああ。散々酷いことされた。人じゃなく家畜扱いしやがって……!」
「仲間が死んでいくところを見ても、何も出来なかった……。でも今なら!」
蹂躙された屈辱、虐げられた恨み、身内を殺された憎しみなど様々な声が上がる。気が付くと、俺たちの空間には、どす黒い感情が渦巻いていた。
その異様な空気に俺と鬼族以外の誰もが気圧されている。
「ありがとう。みんな、私たちについてきて。まずは民家から行く」
そう言ってアレンたちは仲間たちを連れて民家地帯へ移動し始める。しかし藤原とクィンが彼女たちの進行を塞いだ。
「アレンちゃん、戦士ですらない獣人たちまで殺すって、本気なの…!?」
「民間人の命まで奪うことはないはずです!それはもうただの虐殺です!あなたたちがやろうとしていることを見過ごすわけにはいきません!」
二人とも汗を垂らしつつも険しい顔つきでアレンを説得しようとする。
「虐殺?そう、私たちはこれからそれをしに行くの」
「………!?」
アレンは見開いた目をした真顔で淡々と答える。
「この国は腐ってる。獣人族は邪悪に染まった魔族。アイツらは魔人族と変わらない世界の害悪にまで堕ちたの。だから何をしても良いの」
「民間人も同罪。アイツらも分かってて仲間たちを虐げていた。戦士どもと同じ悪の一族。同じことされても文句は言わせねー」
「因果応報の意もこもった復讐なの。私たちがしようとしてることにはちゃんと正当性があるの。目には目を歯には歯を。
虐殺には虐殺、よ」
仲間たちもアレンと同じようなことを言って藤原とクィンの説得を突っぱねる。
「ダメです、一方的な殺害なんて―――」
「いくら悪人だとしても全て殺すなんて―――」
なおも二人が食い下がろうとしたので、
「「っ!?」」
重力魔法魔法で二人をその場に縫い付け、さらに雷電魔法で感電させて麻痺させる。
「甲斐田君…!?」
「コウガさん、どうして!?」
二人が俺に非難の意を込めた目を向ける。周りにいる兵士どもや元クラスメイトどもが俺に敵意を向けてくる。
「この戦争が始まる前にも言ったけど、人間と魔族とじゃ倫理観が異なる。憎いから殺す………仲間たちが大勢殺されたのならそれと同じだけの数を殺してやる。そうしないと割に合わない。アレンたちの復讐ってのはそういうことなんだと思う」
魔力を調整してダメージが入らない程度に拘束する。
「甲斐田君は、アレンちゃんたちが力の無い人たちを大勢殺すなんて残酷な所業をして何とも思わないの!?仲間たちがそんな酷いことをして……平気だっていうの?」
「これも前にも言ったけど、今回はアレンたちに全て任せるって決めてんだ。理不尽を強いるも良し、虐げるのも良し、犯すのも良し、惨たらしく殺すのも良し…だ。俺はこいつら鬼族の意思を尊重する」
そう言っている間に、アレンたちは既に大移動を始めて民家地帯へ向かっていく。藤原とクィンが体を捩って魔力を熾そうとするので縛りを少し強める。
「無理をするな。体力と魔力はもう空っぽに近いのは知ってる。あんたらはアレンたちの気持ちをどこまで分かってやれてる?虐殺が苦手なのは分かるけど、邪魔しないでくれねーか?」
「コウガさん……!」
クィンが震えながら俺を見る。その表情からは悔しさがにじみ出ている。
「俺は何となく分かるんだ。アレンたちが復讐したいって気持ちが。俺もそうなりかけたことがあったから」
「………っ!」
高園が俺の呟きに反応する。何を思ったのか知らないが複雑そうに目を伏せる。
「甲斐田君、それがあなたの答え…なのね」
「ああ。心配すんな。あいつらがただの鬼畜になろうってんなら、俺が何とか止めてやる」
もうアレンたちを止める気が無いと察したから拘束魔法を解いてやる。兵士の何人かがクィンを縛ったことでブーイングしてくるし、堂丸が怒り心頭で俺に突っかかろうとする。
「何の事情も知らねー部外者どもは黙ってろ」
そう言い放って全員黙らせる。
「こんな事を……見過ごすなんて…っ」
「あんなにあっさり虐殺を宣言するくらいの、憎しみが……アレンちゃんたちにはあったって言うの?」
地面にへたり込んだクィンと藤原は力無く呟く。二人を介抱しつつの高園は、俺に何か言いたそうに見つめてくるが、何も言ってこなかった。