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「災厄の誕生」

 皇雅によって結界が破られ、さらにはザイートとの戦いで荒れに荒れてしまった魔人族の本拠地は、その場を廃棄して別の地底にてホームを建てることになった。魔人族が根城にしていた村の地底にて、臨時のホームをつくりあげた。


「ぐ……ぅう!」


 黒い渦が突如発生して、そこから重傷を負ったヴェルドが現れる。先ほどまで鬼族の仮里に襲撃していたが皇雅によって返り討ちに遭い、ギリギリのところで何者かに回収されてここに飛ばされてきたのだ。


 「父上が本当に……!!そんな………ちくしょう!!」 


 頭から流れ続けている血を無視してヴェルドは怒りのままに拳を地面に打ちつける。しばらく辺りに拳による破砕音が響くがそれ以外の音は何もしなかった。やがてヴェルドは無気力状態になりその場で倒れ込む。


 百数年前に異世界人の戦士たちに敗北して以降、これまで魔人族をまとめて引っ張ってきたのはザイートだった。しかもその戦力は世界でいちばんと評して良い程だった。その彼がいなくなった以上、魔人族には絶望的な状況に陥っていた。組織のトップが消えてからすぐに集団をまとめるのは困難あるいは不可能である。その者があまりにも強くカリスマが高い程に。


 「父上………俺は」


 ヴェルドにとってザイートは自身の憧れ・誇りだった。

 先代の族長…バルガが死んだ後、ザイートが懸命にヴェルドたちを率いて人族や他の魔族が立ち入られない地底にてホームをつくりあげた。魔人族の復興の為に敵勢力に決して見つかることないよう綿密に魔人族全員の存在の隠蔽を施しながら、この地底のことを調べたり更なる力を得る為の研究と鍛錬を行ってもいた。ヴェルドもそんなザイートに倣って己を鍛えていた。

 ザイートの長きにわたる研究の末、魔石を利用することで更なる力を得ることが分かった。それを吸収してリスクとして発生する超苦痛を乗り越えたことで異次元の力を手にすることが出来た。ザイートが必死に研究して努力しなければ辿り着けなかった次元に、ヴェルドたちは到達したのだ。

 そしてザイートは今の世界を滅ぼした後自分たちの世界を新たに創造すると宣言し、魔人族を完璧にまとめて侵略を進める計画を立てた。そんなザイートにヴェルドは彼の子としても族長としても崇拝の念を抱いた。

 ネルギガルドやベロニカもザイートは先代族長をも凌駕していると評していた。ヴェルドは彼について行けばいいと決めた。そうすれば彼と共に新たな世界を目に出来る、魔人族が世界の頂点に君臨し続ける理想の世界が待っていると、そう思ってザイートの後を追い続けてきた。


 しかしそのザイートは死んだ、殺された。

 カイダコウガ…異世界からきた少年。ザイートは彼との戦いに敗れて殺されてしまった。

 何かの間違いだと信じたい、負けるはずが無いと、ヴェルドは今もそう思いたがっている。しかしネルギガルドや皇雅本人の言葉が彼が縋ろうとしていた希望を打ち砕いてしまった。


 「カイダ、コウガ………奴の戦力は父上をも完全に凌駕している……」


 気を静めたことでようやく気付く、皇雅がもはやヴェルド自身の力ではどうにもならないだろうと。鬼族の仮里にて一度戦った時もそうだった。「限定進化」を発動出来なかったとはいえ、皇雅には敵わないことを薄々予感していた。

 魔人族が世界を支配する未来はもう鎖されてしまうのか……。


 「見つけた、ヴェルドちゃん!念のためにつくっておいた臨時のホームに先に来ていたのね!」


 暗い気持ちになろうとしたところにネルギガルドの声が響く。彼とベロニカ、ジースもここに全員揃う。しばらくして「序列」以外の魔人族も数人到着する。現在生き残っている魔人族の数は7人しかいない。その内四人が「序列」級だがそれでも軍の戦力は初期と比べて半分以下まで落ちている。


 「ふぅ、これで全員なのね。同胞の大半がカイダコウガに殺されちゃってるわン。彼一人相手にアタシたちが全員かかっても勝てるかどうかってところだけど……。この中でいちばん強いヴェルドちゃん、今はアナタに従うつもりだけど、どうするのン?」


 馴れ馴れしくちゃん付けで呼んでくるネルギガルドに反応する気力も無いヴェルドは同胞たちを見回す。足りない、戦力が足らな過ぎる、それが彼が今思ったことだった。

 続いて思ったことは、忘れかけていた疑問についてだった。


 「俺は鬼族の里に襲撃に行っていた。だが父上を……討ったカイダコウガに返り討ちに遭ってしまい死に追いやられそうになった。そこに黒い渦が俺を飲み込んで窮地を救った。あれはベロニカの魔術だったのか?」


 ザイートを討ったという言葉を自分で言うことを憚っていたが遂にそれを口に出してしまったヴェルドは苦しそうな顔つきだった。どうにか疑問を告げた彼に治療を施しているベロニカはえ……と声を詰まらせる。


 「わ、私は……ヴェルド様にそのような魔術を使ってはいません。ネルギガルドと共にあなた様を捜していたくらいでしたから」

 「何だと……?誰が俺をあそこから―――」


 ヴェルドがさらに疑問を口に出そうとしたその時、



 ≪主な手駒は四人となってしまったか。まぁいいだろう≫



 暗い地底全体に響くようにその「声」がした。


 「……!?」

 「この、声は………」

 「誰だ!?」


 魔人族の誰もが声の主を探すが見つからない。すると彼らの真上から異様な「何か」が現れる。暗闇よりも濃い闇色の火の玉のような形状をしたそれは異様な存在感を放っていた。


 「この、気配………アナタは、まさか!?」


 ネルギガルドが「何か」の正体に気付いて驚愕する。次いでベロニカも気付いたかのように同じく驚愕して固まっていた。


 ≪ネルギガルドとベロニカ、だったな…。久しいなァ、百数年ぶりだなァ、お前らを目にするのは…。

 そしてお前が、ザイートの息子か。悪くはないが奴と比べるとまだ足りないなァ≫


 「何か」が自分に目を向けた……気がしたヴェルドは警戒心をはたらかせる。これはいったい何者なのか。何故二人を知っているのか。


 「というより、え?ホントにアナタは………本物なの、ですか?」


 ネルギガルドがいつもの口調を引っ込めて敬う口調で話す。その態度にヴェルドとジースはますます混乱する。


 ≪この“霊体”として現れるようになったのも今日のことだ。それまでずっとただの思念だけがこの世界を漂う形だった。だが奴が使い物にならない、死に直面したことでこうして外に出ることになった……≫


 黒い「何か」…黒い霊体は今度はベロニカに目を向ける素振りをする。


 ≪ベロニカ……今のお前なら、この俺を霊体から“実体”へ復活することが出来るかもな……!

 少しその器を借りるぞ―――≫

 「ひっ―――――っ、………………」


 ベロニカは体を固めたまま声を上ずらせたきり黙ってしまう。やがて彼女の雰囲気が一変した。


 ≪フム………見立て通りの魔力量だ。固有技能も都合良いものがある。これなら、可能だ……!≫

 「ベロニカ!?いったい何が………」


 驚き戸惑う魔人たちを放置したままベロニカにとり憑いた黒い霊体は、彼女を操って召喚魔術を行い始めた。


 「―――。――――。―――――!」


 呪言のような何かを呟いて何かの召喚魔術を発動していく。すると黒い霊体が淡く輝き始め、黒いスパークが辺りに発生した。

 いったい何が起こっているのか……ヴェルドやジース、他の魔人たち皆がそう思う中、ネルギガルドだけは一つの事実に気付いた。


 「まさか、蘇るというの!?アタシやベロニカちゃん、そしてザイートちゃんをも侍らせていた、かつての―――」


 黒い霊体から発する光がさらに強まり、スパークも激しくなる。全員がそれとベロニカから離れてその成り行きをただ呆然と見つめていた。


 ―――! 

 ――――!

 ―――――!!


 ひと際強い光が放ち、黒い稲妻が辺りに迸った後、しばらくの沈黙が訪れる。そして煙からベロニカの他に別の誰かが出現したのを感じる。


 ≪――――あァ、あァ、ああァア……!!

 ァアアアアアアァハハハハハハハハ!!この体の感覚、百数年振りだ!!≫


 その者が発する声は心胆を震え上がらせるような「魔神」の声だった。


 「この、声は………憶えがある、ぞ……!」


 哄笑を聞いたヴェルドは百数年前にもこの声を聞いている、そして思い出した。突然現れた者の正体を……。


 「あなた、様は………」

 ≪苦しゅうないぞ同胞たちよ。お陰で俺は復活を遂げた。


 お前たちのかつての族長、“魔神”がな――――≫

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