「―――っ!?」
「コウガ…?」
寒気…?ゾンビのこの体で?ゾンビになってから長らく感じることがなかった、いや訪れることは永遠にないだろうと思っていた悪寒の感覚が、この身に起こっているだと……?
「大丈夫?」
「ああ。もう大丈夫だ。さっき―――」
アレンには自分に起こったことを言っておいた。心配させるかたちになったけどまあ大丈夫だろうと彼女にはそう言っておいた。
(嫌な予感はする……は言わない方がいいか)
悪寒が走った腕をさすりながら未知の脅威に対してどう備えようか考えて過ごした。
そして、嫌な予感はその翌日に的中した。
「―――っ!?」
「え………!?」
「これは!?」
「ぬぅ……!?」
俺はもちろん、アレンやカミラ、ドリュウにも「異変」を感じたようだった。彼女たちだけじゃない、センやルマンドといった旅の仲間たち、それ以外の鬼たちも同じ異変に気付いたようだった。
異変……それは頭の中に鋭い稲妻が落ちた、みたいな感覚だった。その次に感じたのは……「声」だ。しかもその声には聞き覚えがある。昨日のザイート戦の直後とこの里に襲ってきたヴェルドとかいった魔人を追い詰めた時に聞いた、あの心胆を震え上がらせるような声だ……!
≪この世界に存在する全ての人どもに次ぐ≫
はじめに聞いたのはその一言。全てということは、この里内の鬼たちだけでもない、サント王国内もサラマンドラ王国内もハーベスタン王国内もラインハルツ王国もその他全ての国・村にいる人間と魔族全てがこの声を傍受しているということか。
≪俺は魔人族の新たな……違うな。今から百数年前の魔人族の族長だった者。
“魔神” 名をバルガと云う≫
魔神……だと?
≪魔人族軍の総大将とやらを務めていた男…ザイート亡き今、俺が魔人族の族長に再び就き、瓦解しかけていた魔人族軍も仕切ることになった。
早速だが、ここに新たな世界大戦の勃発を宣言する≫
そいつは突然そんなことを言い出した。
≪俺が総大将となる“新生魔人族軍”が、人族の大国がいくつも組んだ連合国軍とやらと竜人族と亜人族、そして復興しつつある鬼族を中心に……魔人族以外全ての国・村・集落・組織を、一つ残らず滅ぼすことを宣言する!!≫
無言のまま魔人族の新たな…否、昔の族長だった男、バルガによる宣戦布告を聞き続ける。奴が新たに結成した軍は昨日できたこと、世界大戦を今から三日後に始めること、そこから先は以前にもあった宣戦布告と同じようなことを喋っていた。
そして最後に、バルガはまるで俺に語りかけるように話しかけてきた。
≪最後に、これは個人に向けた話だ。カイダコウガ、まずはザイートに勝利したことを讃えよう。改めておめでとう。人族の体でありながら異次元の力を引き出して必死にあがいて戦い抜いたその姿勢、俺は心から称賛している。
そしてお前が今何を望んでいるのかも全て分かっている≫
何を言ってやがる……?
≪戦場に来いカイダコウガ!今度はこの俺と戦え!望みを叶えたくば俺が率いる新生魔人族軍と戦うのだ!さもなくばお前が大切としているもの、必要としているもの全てを滅ぼすことになる!それが厭なら、戦え!
ザイートと繰り広げたあの凄絶で血が疼くような殺し合いをやろうぞ!!
では連合国軍と他の魔族ども、次は戦場で会おう―――≫
それを最後に頭に響いていた声はプツリと止んだ。しばらく時が止まったかのような空気が流れ続ける。誰も何も言えないでいた。
「魔神バルガ……黒い何かの正体、真の黒幕、俺にとって避けられない最後の敵……」
俺が色々呟いてるうちに周りから徐々に声があがってくる。その大半が困惑・狼狽したものだった。ザイートに代わる恐ろしく強い魔人が現れたのだから無理もない。
「コウガ、あいつコウガを知ってるみたいだった。名前とか見た目とかステータスとかじゃなくて、もっと深い事情を……」
「そうだな。奴は俺の望みも知ってるって言ってやがった」
心配そうにするアレンに大丈夫だと諭して元気づける。それでも里内に渦巻いた未知なる脅威に対する不安・畏怖を取り除くのは不可能だった。これからのことを相談しようとカミラのところへ行こうとしたところで通信端末から着信が鳴った。
『コウガさん、ミーシャ・ドラグニアです。先程起こった事態についてお話したいことがあります』
「その様子だとやっぱりお前らにも聞こえたんだなあの声が……。で、話か……今すぐか?」
『はい。大至急軍議をひらくことになりました。偶然にもサント王国には軍の主戦力と国王様方が揃っておられるので、コウガさんが来てくれればすぐに始められます。お願いできますか…?』
「………分かった。鬼族を代表してアレンも連れて行く。俺にも考えが一つできて、それを話そうかって思っていたところだったしな。じゃあ話し合いの準備だけしておいてくれ」
ミーシャのありがとうございますという言葉を聞きながら通信を切るとアレンに向き直り今の話のことを告げる。アレンは二言返事でサント王国へ行くと承諾してくれた。早速ワープしようかと思ったところにカミラが割って入った。
「コウガ、これから連合国軍の会合に行かれるんですよね?でしたら私も連れて行ってくれませんか?私からもコウガと同じ提案を彼らに出したいのです」
「……気付いてたのか、さすがだ。じゃあ一緒に行くか」
こうしてアレン・カミラの三人でサント王国へワープして、顔パスで王宮内に通してもらって軍議をしている部屋へ直行した。部屋には俺を呼びだしたミーシャ、藤原、クィン、高園、元クラスメイトども、ガビル国王、他の大国の国王、八俣倭など軍の中心人物全員が出席していた。誰もが深刻そうに、不安に沈んだ顔をしていて穏やかな雰囲気ではなかった。
しかし俺の顔を目にしたミーシャとクィンと高園はどこか嬉しそうだった。ミーシャが俺のところに来て小さくお辞儀をすると俺とアレンとカミラの席に案内してくれる。
「……!あなたはハーベスタン王国の軍略家だった、カミラ・グレッドさん!?」
「面と向かってお話ししするのは初めてになりますね、ミーシャ様。今はコウガの専属軍略家を務めておりますカミラ・グレッドです。私もお話ししたいことがりまして、勝手ながらコウガと共に参りました」
専属軍略家という部分にミーシャがムッとした表情を見せた気がした。何はともあれ俺たちを加えた連合国軍の会合が始まる。
「カイダコウガ、先日は魔人族の総大将だったザイートを討伐してくれたことに深い感謝をさせて欲しい。ありがとう…!」
立ち会がって頭を下げてくるガビルに他の面々も倣って頭を下げてきた。その慣れない対応に俺は軽く引きながら言葉をかける。
「前置きはその辺にしてもらって、本題に入ろう。確認だけど、あんたらも聞いたんだよな、“魔神バルガ”とやらの言葉を」
「いかにも……肝を直接握られたような、冷たくて恐ろしい声だった。それに魔神バルガといえば百数年前に召喚された異世界人たちが討伐したとされる魔人族の前族長だと、王族のみ閲覧が許可される歴史書には記されていた。奴は確かに昔に討伐されて消えたと記されていた……」
ガビルは額に汗を滲ませながら詳細を話す。百数年前のことでいちばん詳しい…というかその当事者である八俣倭に目を向ける。
「八俣倭、バルガとやらは昔確かに殺したんだよな?初代の異世界召喚組、あんたの仲間たちと共に」
「そうだ。俺も奴と直接戦っていた。仲間とともに奴を斬り、この世から消した。首と胴を斬り離し、心臓と脳を潰し、最後は跡形も残らず消し去った。間違いない」
八俣の嘘偽り無い言葉を聞いたことでバルガのことがさらに分からなくなる。昔完全に死んだ奴が霊体になってずっとこの世に留まっていたってことなのか?そんなことが可能なのか?
「とにかく、そのヤバそうな奴が魔人族軍を再び起こして、この世界に牙を向けた。この世界を滅ぼす気でいる。奴は俺たちの滅亡を望んでやがる。それはみんなも分かってることだと思う」
俺が話を進めてそう言うと誰もが暗い表情をする。俯いている奴も多い。それだけバルガの脅威・恐怖にあてられてるんだ。ゾンビの俺と生者であるこいつらとは別の何かを感じ取っていたのか?アレンとカミラを見ると二人もみんなの気持ちが分かる様子でいた。やっぱり俺だけ奴にそれ程飲まれてはいないようだ。
「今日ミーシャに呼ばれたってのもあるけど、俺からも提案したいことがあるからここに来た。カミラも同じ提案らしい。そしてお姫さん、お前も同じことを俺に言おうとしてたんじゃねーか?」
「え………?」
ミーシャは顔を上げて目をぱちくりさせて俺をぽーっと見つめる。なんか可愛いなーと思いながら立ち上がって部屋を見回す。誰もが俺に注目している。カミラに目を移すと彼女は小さく頷く、俺に言わせてくれるようだ。
なので俺は机に手をついた格好で連合国軍に提案を唱えた。
「この連合国軍と一緒に、新生魔人族軍と戦わせてほしい。
俺…甲斐田皇雅は、連合国軍と組むことにする」