――カサブレードの使い手。貴方が真のカサブレードを扱うのにふさわしいか、試練を与えます。
「試練、ですか?」
――カサブレードの力の解放とは、すなわち使い手の力の解放にも繋がります。貴方がカサブレードにふさわしいと思えるまで、私は潜在能力を強制的に解放します。
ですが、と女神様は続けます。
――強制的な潜在能力の解放は死の可能性もあります。それでも試練を受けますか。
死。この言葉が私の思考を鈍らせにかかります。
私は何となく分かっていました。私はそもそも戦う人間じゃありません。
ただのメイドです。そんな私がなぜカサブレードに選ばれたのか、今でもさっぱりです。
しかし、現実として、カサブレードは私を選びました。
「女神様、お願いがあります。」
――聞きましょう。
何度も何度も戦ってきました。死ぬ思いをしてきました。
今でも許されるなら、平和なひとときを過ごしたいです。
でも、それは今じゃないから。
エイリスさん、マルファさんが私のために迷うことなくブレネンさんとの戦いを選んでくれたから。
だから私は――!
「一秒でも早く、カサブレードの力を解放してください。それによって負荷が増しても構いません。私のことは一切考慮にいれないでください」
――貴方のような人を待っていました。
「おいアメリア! 早まるんじゃねえぞ!」
ブレネンさんの攻撃をやり過ごしながら、マルファさんが叫びます。
一対二の構図だというのに、ブレネンさんが圧倒しているように見えます。
そんな中でも、マルファさんは私のことを気にかけてくれていたのでしょう。
本当にありがとうございます。
より一層、覚悟が決まりました。
「じゃあよろしくお願いします」
瞬間、熱した鉛が私の中に入り込んでくるような感覚を覚えました。
「――ァ!?」
声が出ません。なんですか、これ。今までに味わった痛みが全て柔らかな感覚に思えます。頭から爪先まで、とてつもない熱い棒でぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような感覚です。
気を抜けば、失神しそうです。血管が、神経が、内臓が、全てが私の内側で暴れています。
同時に、底しれぬ何かが私の中に入り込んできます。
怖い。コワイ。コワイコワイコワイコワイコアワワワワワ――。
それは、恐怖の感情でした。何に対して? 太陽の魔神に対する恐怖です。
その他、太陽の魔神に対する負の感情が私の中へ流れ込んできます。
太陽の魔神は怖い。太刀打ちできない。逃げるしかない。従うしかない。
「ゥー……!」
チカチカと瞬く視界の中で、エイリスさん達が戦っています。もどかしい。けど、私は私に出来ることをやるしかない。
――どうです? 辛いでしょう。これがカサブレードを持つ者が太陽の魔神に対し、感じてきた感情です。貴方は受け止めきることが出来ますか?
その言葉に、私はカチンと来ました。もしかしてこれは最高速度じゃないのでしょうか?
約束が違う!
「女神様! 一思いに来てくださいよ! 私はのんびりと苦痛に耐えている暇は無いんです!」
ガクガクと足が震えています。ですが、それでも私はこの地獄を飲み込む覚悟は出来ています!
「私はメイドです! これくらいの感情、既にぶつけられています! だからさっさと全部ください!」
――その覚悟、蛮勇と出るか、勇気と出るか。
直後、私は
不思議なことに、五感が消えたんです。
エイリスさん達の姿も見えません。戦いの音も聞こえません。私は一人ぼっちになったんです。
全身が苦痛に包まれます。
身体、心、アメリア・クライハーツを構成する全ての要素にありとあらゆる苦痛が這い寄ってきます。
今の私は倒れているのかどうか、意識があるのかどうか、そもそもまだ生きているのかどうかも分かりません。
いや、生きてはいるのでしょう。そうでなければ、こんな感覚になるはずがありません。
永遠にも似た時間だな、と思いました。
発狂できればどんなに楽なことでしょう。
ですが、私はメイド業務で培った心の強さがあります。エイリスさんやマルファさん達と磨いた度胸があります。
これは、いわば私の今までに対してのテスト。この瞬間を乗り越えることが出来るかどうかの……。
そうだ。私はメイドです。今までも、これからも、何があろうとも。
私はお日様の下で、お掃除や洗濯をしていきたいんです。
ずっとずっとずっとずっと! 何でこの程度のことで、私は全てを失わければならないのですか!?
逆にやる気が湧いてきました。
私は、アメリア・クライハーツ。メイドだ!
あ、来ます。
とてつもなく大きな負の感情が。大きな波となって私を飲み込もうとしています。
これをまともに浴びて、私は無事なのでしょうか。
黒い塊が。
大きな黒い壁が。
私へ迫ります。
死ぬかもしれないというのに、私の心はなぜか穏やかでした。
いつのまにか身体の苦痛もありません。まるでランナーズハイにも似た、苦痛から高揚への転換。
もしかしたらもう心がぶっ壊れてしまったのかもしれません。
私はただ、押し寄せる黒い波を見つめるだけでした。
瞬きの後、私は黒に飲み込まれました。