目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第90話 カサブレードの試練(エイリス視点)

 ブレネン殿――いや、ブレネンは想像以上に手強かった。


「うあっ!」

「マルファ、大丈夫かい!?」

「わたしの方は良いから、あいつの方見ろ!」


 ブレネンの背後に浮く両腕・・が再び動き出した。両方の手のひらから、小さな火炎弾がいくつも吐き出される。

 ボクは攻撃用魔具〈魔力剣〉をあらゆる方向に振るい、火炎弾を切り裂いていく。

 最優先事項は後ろで攻撃魔法の準備をしているマルファに当てないことだ。斬り漏らした火炎弾が地面に着弾すると、小さな爆発を生んだ。まともに当たればタダじゃすまないだろう。

 攻撃の合間を縫い、ボクはブレネンに接近する。

 もはや何度目の接近か、数えるのも面倒だ。


 ブレネンの後ろに浮く両腕・・が、彼を守るように動く。ボクは防御ごと一刀両断するつもりで魔力剣を振り下ろした。


 ガキン、と金属がぶつかるような音がした。だが、両腕・・にはわずかに傷がついただけで、まともにダメージを与えられているようには見えなかった。

 瞬間、ボクはに殴られ、地面を転がることとなった。

 殴られる瞬間、防壁魔法を行使したので、命に別状はなかったが、それでも勢いは殺しきれなかったようだ。


「エイリス、動けるなら離れろ!」


 ブレネンの足元から水柱が噴き上がった。マルファの水柱魔法だ。

 ボク達のプランはブレネンの気絶による、無力化。


 あの両腕・・はあまりにも堅く、そして攻撃動作が速かった。

 真っ向勝負では苦戦すると踏んだボク達はすぐに搦め手を使うことを決断したんだ。


「なかなかエグい攻撃を使うじゃないか。念の為に持ってきていたこいつが役に立つとはね。それはそれとして――」


 ブレネンはそう言いながら、着用していたお面・・を投げ捨てた。

 あれは知っている。短時間なら水の中で行動できるくらいの酸素が込められた、〈呼吸可面こきゅうかめん〉と呼ばれる魔具だ。


「――その魔力剣、大した出力だね。まさかこの〈無意識の手遊びハンド・プレイヤー〉に傷をつけられるとは」


 〈無意識の手遊びハンド・プレイヤー〉!?

 書物で読んだ記憶がちらついてはいたが、まさか本物だったとは。

 なんて――なんていう、愚かなマネを。


「やはり……! その巨大な両腕は古魔具だったんだね」

「知ってんのかエイリス!?」

「あぁ、あの両腕は使用者の意のままに動く古魔具なんだ。ただ、代償はある」

「んだよ、そりゃ?」

「まず、あの両腕から神経糸が伸びて、使用者の全身に絡みつくんだ。そうすると二度と切除することは出来ない。そして、永遠に魔力を吸われ続けるんだ」

「あぶねーじゃねえか。そんなヤベー代物、使ってて大丈夫なのか?」


 ボクは首を横に振った。大丈夫なわけがない。

 そして、それは当然、ブレネンも知っているはずだ。


「あの両腕は第二の両腕とも評されるくらい精密な動きを可能とする。実際、あれを無理やり装備させて人間兵器に仕立て上げた国もあるらしい」

「鬼畜な一品だな。でも、あいつは喜んで使っているように見えるがな」


 ブレネンはマルファの言葉を肯定した。


「僕は僕の目的が達成できれば何でも良いのさ。魔力とか命とかさ、どうでも良いんだよ。そういうのは目的を達成するまでに使えるリソースなんだから」

「研究熱心だね。ボクはボクで古魔具が大好きだけど、命までは注ぎ込めないかな」

「そういう人間がいても良いのさ。ただ僕がそういう人間だっていうことだよ」


 攻撃の気配を感じた僕は、反撃気味に雷撃を放った。

 殺しまではしない。けど、それに近い苦痛は覚悟してもらう。


 あの両腕・・で防御されることを計算に入れて、威力を調整する。

 案の定、両腕・・はブレネンを守るために動いた。雷撃が直撃する。しかし、ブレネンにはまだダメージが伝わっていないように見える。


 それを待っていた。


 ボクのもう片方の手には電気が集まっている。

 その間にも両腕・・へ雷撃を浴びせ続けていた。もう少し。もう少し……!


 僅かに両腕・・の間隔が開き、ボクとブレネンの胴体への道が開いた。


「雷槍魔法!」


 まるで槍を扱うように、ボクは電気を纏う手を突き出した。すると電気が高速、かつ無音で伸び、ブレネンの胸を貫いた。

 一瞬怯むブレネン。間髪入れずに、ボクは槍に蓄えられた電気を解放した。


 ブレネンの身体がガクガクと震え、全身から煙が吹き上がる。かなりの手応え。

 だが、〈無意識の手遊びハンド・プレイヤー〉は機能停止をしていない。あれは使用者が機能停止させるか、気絶させるか、命を奪うことでしか無力化出来ない。


 つまり、ブレネンはまだ――!


「き、きき、効いたぁ……! はは、大した威力だ。これほどの雷魔法を使えるなんて……!」


 次の瞬間、ブレネンが弾かれたように、宙を移動し、壁に叩きつけられた。よく見ると、ブレネンの首、両手首、両足首には『コ』の字型の鉄杭で拘束されていた。

 マルファが叫ぶように言った。


「あんまり動くなよ。結構キツめに拘束してるからよ」


 それはマルファの拘束魔法だった。マルファも、ブレネンがあれで終わらないと読んでいたのだろう。

 流石の判断力に安心感を覚える。

 こういう時のマルファには『そこそこ』という文字はない。『徹底的にやる』か『全くやらない』かの両極端だ。


 ブレネンが拘束を外そうとしているが、外れる気配はない。

 そう、思っていた。



「そうじゃない。そうじゃない。そうじゃないそうじゃないそうじゃないだろう!?」



 〈無意識の手遊びハンド・プレイヤー〉がブレネンを拘束している鉄杭を握りしめる。その影響でブレネンの皮膚が裂け、出血を始めるが、一瞬でも痛がる素振りはなかった。


「僕が見たいのはさ!」


 両腕・・が目の前に現れた。


「速い――!」


 速すぎる。今までのは本気じゃなかったということだろうか。

 殴られ、身体を掴まれ、地面に何度も叩きつけられる。単純な攻撃故によく効いた。


「カサブレードの覚醒なんだよ! 君たちを全滅させるのは簡単だけどさぁ! もうちょっとやる気を見せてよ!」

「この狂人がよ!」


 マルファが助けに入ろうとするが、すぐにボクと同様に身体を掴まれる。


「それ、悪口にはならないよ!」


 アメリアはともかく、ボク達の命がヤバそうだ。こうまで力任せに来られると、対処の仕方が限られる。

 なんだか、フレデリックと戦ったときを思い出してしまった。あれも単純に実力で圧倒されていたなぁ。


「瀕死の君たちを苦しめるほど、僕は悪いやつじゃない。トドメを刺そう」


 まるで虫を手で叩き潰すように、両腕・・が大きく手を開いた。

 そして一切の迷いなく手が振り下ろされた。


「ごめんアメリア、守りきれなかった――!」



「――大丈夫です。間に合いましたよ」



 ボクたちを押し潰す手はなく、視界に映っていたのは、アメリアのカサプロテクトだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?