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第91話 カサブレード、完全覚醒

「君から迸るカサブレードの波動! そうか、君は成し遂げたんだね!」


 ブレネンさんが拍手で喜びを表現していました。

 ですが、私は一切そんなことを気にしません。今はただ、エイリスさんとマルファさんの分をやり返さなければ、気が済みません。


「……ブレネンさん。二人に謝る気はないんですよね?」

「なぜだい? 研究に代償はつきものさ。今回のことは申し訳ないけど、受け入れてもらうしかないよ」

「分かりました。それを聞いて安心しました。これで私は、心置きなく叩けます」


 私はカサブレードをブレネンさんへ向けました。



「アメリア・クライハーツ。私は今から貴方の心のお掃除に入ります!」



 ブレネンさんの操る両腕・・が迫ります。

 私はカサブレードを二度振ります。一度目で右腕を、二度目で左腕を大きく弾き飛ばします。


「なんと……! だが、それでこの両腕は壊れないよ!」


 もちろん分かっていました。手応えがそうだったので。

 それならば、それ以上の攻撃をするだけです。

 私はここが、カサブレードの新たな力を使うときだと確信します。


「カサフック!」


 カサブレードを逆さまに持ち、勢いよく振り抜くと、カサブレードの柄がまるでロープのように伸びていきます。

 ロープが両腕・・に絡みつくと、最後に『J』字型のハンドル部分でがっちりと固定されます。


「まずは大きなゴミをまとめて、縛り上げます!」


 両腕・・が抵抗していますが、そう簡単に外れません。なんせ、いくつものゴミ袋や書籍を縛り上げてきた私の技術です。拘束の強度には自信があります。

 それを私は思い切り引き寄せます。カサブレードの力で身体能力を底上げされている私にとって、簡単な作業でした。

 両腕・・を地面へ叩きつけた後、私はカサブレードの先端を押し付けました。



「カサバスター。そして、一気に焼却処分です」



 カサブレードの力が解放されます。超至近距離でのカサバスター。これには流石に両腕・・も耐えきれなかったようです。

 拮抗したのは一瞬でした。カサバスターの光は両腕・・を徹底的に破壊しつくしました。


「ふぅー……!」


 大きく息を吸って、吐き、心を整えます。

 魔力どころか全身の力を一気に持っていかれるこのカサバスター。ですが、今の私なら威力をコントロール出来ます。

 以前の私なら、一発撃つだけで倒れていましたが、今の私なら三発は撃てそうです。


「う、あ」


 ブレネンさんがよろめきました。顔色がどんどん悪くなっているように見えます。


「う、あ、あ、ああああ、ああああああああ!!!」


 ガクガクと震えた後、倒れ、のたうち回り、口から泡まで吹きました。まだ一度もブレネンさんを殴っていないのに、これはどういうことなのでしょうか。

 すると、エイリスさんがその理由を話してくれました。


「あの古魔具は使用者と深く結びついているんだ。あれの破壊はすなわち、使用者への甚大なダメージを意味する」


 そう言いながら、エイリスさんはブレネンさんの首筋に手を当てます。


「……驚いたな。まだ息がある。でも、この様子なら戦闘を続けるのは無理だろうね」


 念の為、エイリスさんは拘束魔法をかけました。今度はあっさりと破られないように頑丈に。

 これでようやく戦闘終了を確認できた私は、一息つく前にやりたいことをやりました。


「アメリア?」

「ブレネンさん、少しだけ我慢してくださいね」


 私はカサブレードの先端から癒やしの力を飛ばしました。回復魔法に近いのかはわかりません。

 ですが、苦しんでいるブレネンさんを無視することは出来ませんでした。


「おいおいアメリア、何やってんだよ。そんなことするやつじゃねーだろ」

「ごめんなさいマルファさん。でも、メイドは相手に苦痛を与える存在じゃないので……その、やりたかったんです」


 メイドは常に相手のことを考えるのが重要です。

 敵とはいえ、これ以上苦しめるのは度が過ぎている。そう、私は考えました。


「アメリアらしくていいよ。それにしても、どうやら成功したようだね」

「はい。今、すっごい不思議な気持ちなんです。力が溢れ出てくるというか、今なら何でもできそうな感じなんです」

「なぁ試練っていうのはどんなもんだったんだ? やばかったのか?」

「そうですねぇ……うっ」


 思い出そうとした瞬間、吐き気が込み上げてきました。身体が無意識に思い出すことを拒絶しているのでしょうか。

 とはいえ、それは一瞬のことだったので、何とか持ち直すことが出来ました。


「なんというか、この世の痛みとか嫌な気持ちとか、そういうの全部が一気に襲いかかってきましたね」

「なんだそりゃ。精神破壊の魔法でもそんなことにはならねーぞ」

「考えただけでも恐ろしいね。良く無事に戻ってきたね」

「はいっ! 日頃のメイド業務で培った根性で乗り切りました!」


 とは言いましたが、私自身、無事なことに驚いています。

 一番最後の苦痛、というか試練? 黒い津波に飲み込まれたとき、自然と生きる気力を手放してしまいそうになりました。

 ですが、ひたすらメイドのことやエイリスさん、マルファさんのことを考えていたら、急に周りが明るくなったんです。

 光がキラキラと私の前に落ちてきて、私は自然と『それを掴め』と言われたような気がしたんです。

 光を握りしめると、私の脳裏に声が響いてきたんです。



 ――認めましょう、アメリア・クライハーツ。貴方がカサブレードを正しく振るえる者だということを。



 すると、急に意識を取り戻せたんです。訳が分かりませんが、今まさにやられようとしているエイリスさんたちを見たら、どうでも良くなりました。


「ところでカサブレードは何か変わったのか? 特に変わったようには見えないんだが」

「カサブレードには何もないですね。けど、私の左手の甲に……ほら」


 私の左手の甲に、月と傘が組み合わされたような紋章が浮かんでいました。この紋章が手の甲に現れた瞬間から、私はカサブレードを理解・・出来たような気がするんです。


「今の私なら、カサブレードをちゃんと使える気がします」

「さっきのカサフックとカサバスターの組み合わせには驚いたよ。まさか、ボクたちが苦労したあの両腕・・をあんなにあっさりと倒すなんてね」

「こう言ったらなんですが……あのときの私は『絶対イケる』っていう確信があったんです。あはは、まさかここまで上手くいくなんて……」


 ようやく少しだけ自信が持てました。今の私なら、サンハイルさんが相手でも簡単には負けません。


「なにはともあれ、ここでの目的は果たしたね。帰るとしようか」

「あっ。ちょっと待ってください。女神様からお二人へ何かあるようです」


 カサブレードに触れてもらいました。女神様いわく、こうすることで伝わるとのことでしたが……。

 すると、マルファさんが頭に手を添えました。


「なんだ、こりゃ……? 『カサブレードの守護者に力を』……だと? 何かが浮かんでくる。これは……魔法? 攻撃魔法、か?」


 続けてエイリスさんも目を閉じ、ブツブツと何かを呟き始めました。


「設計図が浮かんでくる。なんだいこれは……あの素材とこの素材を組み合わせて、魔力石にアレを使うのかい? じゃあ、アレを使うことで作り上げられるのか!?」


 女神様は最後に言いました。

 ――カサブレードの使い手を守護する者たち。彼女たちにも私の力の一片を授けましょう。


 それが今、二人に浮かんだことだというのでしょうか。

 きっとそうなのでしょう。きっとどこかでその力が役に立つ瞬間が来るはずです。

 今は、じっと待ちましょう。


 こうして、私達の目的は完全に果たしました。

 あとは、ブレネンさんをどうするかについてですが、それは後で決めましょう。


 私達はこの時点ではまだ知りませんでした。今回の旅によって生み出された問題。

 いや、そもそも覚悟の上でしたが、あとでお咎めが来るということを……。

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