「君から迸るカサブレードの波動! そうか、君は成し遂げたんだね!」
ブレネンさんが拍手で喜びを表現していました。
ですが、私は一切そんなことを気にしません。今はただ、エイリスさんとマルファさんの分をやり返さなければ、気が済みません。
「……ブレネンさん。二人に謝る気はないんですよね?」
「なぜだい? 研究に代償はつきものさ。今回のことは申し訳ないけど、受け入れてもらうしかないよ」
「分かりました。それを聞いて安心しました。これで私は、心置きなく叩けます」
私はカサブレードをブレネンさんへ向けました。
「アメリア・クライハーツ。私は今から貴方の心のお掃除に入ります!」
ブレネンさんの操る
私はカサブレードを二度振ります。一度目で右腕を、二度目で左腕を大きく弾き飛ばします。
「なんと……! だが、それでこの両腕は壊れないよ!」
もちろん分かっていました。手応えがそうだったので。
それならば、それ以上の攻撃をするだけです。
私はここが、カサブレードの新たな力を使うときだと確信します。
「カサフック!」
カサブレードを逆さまに持ち、勢いよく振り抜くと、カサブレードの柄がまるでロープのように伸びていきます。
ロープが
「まずは大きなゴミをまとめて、縛り上げます!」
それを私は思い切り引き寄せます。カサブレードの力で身体能力を底上げされている私にとって、簡単な作業でした。
「カサバスター。そして、一気に焼却処分です」
カサブレードの力が解放されます。超至近距離でのカサバスター。これには流石に
拮抗したのは一瞬でした。カサバスターの光は
「ふぅー……!」
大きく息を吸って、吐き、心を整えます。
魔力どころか全身の力を一気に持っていかれるこのカサバスター。ですが、今の私なら威力をコントロール出来ます。
以前の私なら、一発撃つだけで倒れていましたが、今の私なら三発は撃てそうです。
「う、あ」
ブレネンさんがよろめきました。顔色がどんどん悪くなっているように見えます。
「う、あ、あ、ああああ、ああああああああ!!!」
ガクガクと震えた後、倒れ、のたうち回り、口から泡まで吹きました。まだ一度もブレネンさんを殴っていないのに、これはどういうことなのでしょうか。
すると、エイリスさんがその理由を話してくれました。
「あの古魔具は使用者と深く結びついているんだ。あれの破壊はすなわち、使用者への甚大なダメージを意味する」
そう言いながら、エイリスさんはブレネンさんの首筋に手を当てます。
「……驚いたな。まだ息がある。でも、この様子なら戦闘を続けるのは無理だろうね」
念の為、エイリスさんは拘束魔法をかけました。今度はあっさりと破られないように頑丈に。
これでようやく戦闘終了を確認できた私は、一息つく前にやりたいことをやりました。
「アメリア?」
「ブレネンさん、少しだけ我慢してくださいね」
私はカサブレードの先端から癒やしの力を飛ばしました。回復魔法に近いのかはわかりません。
ですが、苦しんでいるブレネンさんを無視することは出来ませんでした。
「おいおいアメリア、何やってんだよ。そんなことするやつじゃねーだろ」
「ごめんなさいマルファさん。でも、メイドは相手に苦痛を与える存在じゃないので……その、やりたかったんです」
メイドは常に相手のことを考えるのが重要です。
敵とはいえ、これ以上苦しめるのは度が過ぎている。そう、私は考えました。
「アメリアらしくていいよ。それにしても、どうやら成功したようだね」
「はい。今、すっごい不思議な気持ちなんです。力が溢れ出てくるというか、今なら何でもできそうな感じなんです」
「なぁ試練っていうのはどんなもんだったんだ? やばかったのか?」
「そうですねぇ……うっ」
思い出そうとした瞬間、吐き気が込み上げてきました。身体が無意識に思い出すことを拒絶しているのでしょうか。
とはいえ、それは一瞬のことだったので、何とか持ち直すことが出来ました。
「なんというか、この世の痛みとか嫌な気持ちとか、そういうの全部が一気に襲いかかってきましたね」
「なんだそりゃ。精神破壊の魔法でもそんなことにはならねーぞ」
「考えただけでも恐ろしいね。良く無事に戻ってきたね」
「はいっ! 日頃のメイド業務で培った根性で乗り切りました!」
とは言いましたが、私自身、無事なことに驚いています。
一番最後の苦痛、というか試練? 黒い津波に飲み込まれたとき、自然と生きる気力を手放してしまいそうになりました。
ですが、ひたすらメイドのことやエイリスさん、マルファさんのことを考えていたら、急に周りが明るくなったんです。
光がキラキラと私の前に落ちてきて、私は自然と『それを掴め』と言われたような気がしたんです。
光を握りしめると、私の脳裏に声が響いてきたんです。
――認めましょう、アメリア・クライハーツ。貴方がカサブレードを正しく振るえる者だということを。
すると、急に意識を取り戻せたんです。訳が分かりませんが、今まさにやられようとしているエイリスさんたちを見たら、どうでも良くなりました。
「ところでカサブレードは何か変わったのか? 特に変わったようには見えないんだが」
「カサブレードには何もないですね。けど、私の左手の甲に……ほら」
私の左手の甲に、月と傘が組み合わされたような紋章が浮かんでいました。この紋章が手の甲に現れた瞬間から、私はカサブレードを
「今の私なら、カサブレードをちゃんと使える気がします」
「さっきのカサフックとカサバスターの組み合わせには驚いたよ。まさか、ボクたちが苦労したあの
「こう言ったらなんですが……あのときの私は『絶対イケる』っていう確信があったんです。あはは、まさかここまで上手くいくなんて……」
ようやく少しだけ自信が持てました。今の私なら、サンハイルさんが相手でも簡単には負けません。
「なにはともあれ、ここでの目的は果たしたね。帰るとしようか」
「あっ。ちょっと待ってください。女神様からお二人へ何かあるようです」
カサブレードに触れてもらいました。女神様いわく、こうすることで伝わるとのことでしたが……。
すると、マルファさんが頭に手を添えました。
「なんだ、こりゃ……? 『カサブレードの守護者に力を』……だと? 何かが浮かんでくる。これは……魔法? 攻撃魔法、か?」
続けてエイリスさんも目を閉じ、ブツブツと何かを呟き始めました。
「設計図が浮かんでくる。なんだいこれは……あの素材とこの素材を組み合わせて、魔力石にアレを使うのかい? じゃあ、アレを使うことで作り上げられるのか!?」
女神様は最後に言いました。
――カサブレードの使い手を守護する者たち。彼女たちにも私の力の一片を授けましょう。
それが今、二人に浮かんだことだというのでしょうか。
きっとそうなのでしょう。きっとどこかでその力が役に立つ瞬間が来るはずです。
今は、じっと待ちましょう。
こうして、私達の目的は完全に果たしました。
あとは、ブレネンさんをどうするかについてですが、それは後で決めましょう。
私達はこの時点ではまだ知りませんでした。今回の旅によって生み出された問題。
いや、そもそも覚悟の上でしたが、あとでお咎めが来るということを……。