普通に逃げるならありえないルートだけど、階段を駆け上っていく。大勢の人が詰め寄せている喧騒が離れていくのが聞こえた。
ホールの上階にも、会議室なんかがある数階建ての建物。そして、こういう場所からでも魔法少女は脱出ができる。
「というわけで、屋上から逃げましょう。わたしも連れて行ってくれるかしら」
「あー。いいぜ。ラフィオに乗るか?」
「いいとも。おいハンター。降りろ」
樋口のためというよりは、ハンターから離れたいがために言ったことだけど。
「やだ! ラフィオと一緒がいい!」
わかりきった答えだった。
仕方ない。
「俺が降りるから、樋口が代わりに乗ってくれ。俺はセイバーかライナーに運んでもらう」
鍵を開けて屋上に出た。柵から少し顔を出せば。外に大勢の人が集まっているのが見える。
「なるほどね。じゃあわたしが」
「いえ。わたしがやります、お姉さん」
「あなたのお姉さんじゃないのよ、わたし」
「たぶん将来的になるので」
まだ対抗意識を持っているらしいセイバーとライナーが、俺をそれぞれ片腕ずつ掴みながら言う。
これ、俺を引っ張って取り合うのかな。俺が痛みに泣いてやめろと言ったら、俺を大事にしてくれる方は離すだろうか。
そんな思いやりを求められる相手だろうか。特に愛奈は。
大岡越前も、こんな変な女相手には大岡裁きはできなかっただろう。
だから俺が決めないといけない。リーダーだから。
「セイバー頼む」
「ふふん。やっぱりわたしよね。お姉ちゃんに頼るのが一番よね!」
「ちょっと悠馬!? なんでかな!?」
「俺はな、遥が自分の足で伸び伸びと走ってる姿が好きなんだ。俺みたいな荷物を持って走ってほしくない」
「すっ好き!? そ、そそそ、そっか! そうだよね! 悠馬がわたしのこと好きなら、しかたないよね!」
「何言ってるのかしら。余計な荷物を胸に抱えてるくせに」
「これくらいは普通ですー! お姉さんが何も抱えてないだけですー!」
「むきー! わたしだって抱えるわよ!」
「うおっ!?」
セイバーは俺の体を抱えあげた。
背負うとか考えてたんだけど、両腕で俺の背中と膝を持って軽く胸で体重を支える格好。つまりお姫様抱っこをした。
いやいや。なんでいつも、こうなるんだ。恥ずかしいんだけど。
「行くわよ悠馬!」
「おい待て! なんでこれなんだ!?」
「この方がお姉ちゃんの頼りがいが伝わると思ったのよ!」
「持ち方で変わらないだろ!」
「だって! 悠馬ってばお姉ちゃんのこと、頼れるって言ってくれないんだもん!」
「頼れるよ! 頼れるから! とりあえず持ち方を変えろ!」
「いえーい!」
セイバーは俺の言うことを聞かず、屋上から隣のビルに飛び移った。
「あ! 悠馬! わたしの走ってる所も見てよね!」
ライナーが文句を言いながら追いかけてくるけど、それどころじゃないんだよ。
「ほんと、騒がしい人たちね。これに世界の命運がかかっているなんてね」
「えへへ。ラフィオー。黒ごまプリンって知ってる?」
「なあ樋口。帰るまでの間、こいつの話し相手になってくれ。あと、黒ごまプリンがなんなのかも聞いてくれ」
「あなたも、割と自分が強いタイプなのよ。手触りはいいけどね」
「まさか、お前もモフリストなのか……」
「なになに!? ラフィオってばわたし以外に浮気するつもりかな!?」
「してない! てかお前とはそういう関係じゃない! あと僕は好きでモフモフされてるわけじゃない!」
ラフィオたちが、なにか言い合いながらついて来るのも見えた。
それから、ポケットに入っているスマホに着信。
そこに手を入れるとセイバーの胸に少しこすれる形になって。
「あんっ。もう、悠馬ってばお姉ちゃんのおっぱいに興味が」
「ない。黙っとけ」
「はい……」
澁谷からメッセージ。舞台袖から逃げていったのを、彼女も見ていたはずだ。
このまま逃げられてマスコミとしては追いかけるのは不可能だと、彼女が一番理解していることだろう。
この後会えない? 取材じゃなくて、週末の食事という形で。そんなメッセージだった。
「なあ姉ちゃん。澁谷もバーベキューに誘うか?」
「いいわよー。ビールたくさん持ってきてって言っておいて。あと追加の肉も」
「わかった。……それ、テレビ局の予算からでるのかな」
「出るんじゃない? 他人の金で食べる肉って最高よね!」
まあいいか。澁谷に、姉ちゃんが言った通りの文面を送る。この人のことだから、ちゃんとお願いは守ってくれるだろうな。
「かんぱーい!」
草むしりがほとんど済んだ庭に、愛奈の声が響く。
まだコンロに火はついてない。準備の途中だけど、愛奈はビールの缶を開けている。
相手は樋口と澁谷だ。社会人の女が三人、テーブルの上に乗ったビーフジャーキーを囲んでいた。
こいつ、こんなのも買ってたのか。
「ぷはー! やっぱひと仕事やった後のビールは最高ね!」
「今日も大活躍でしたね、愛奈さん」
「まあねー! なんたって魔法少女の中では最年長だし? リーダーみたいなものだし?」
まだ言ってるのか。缶ビールを一気飲みした愛奈は、得意げな顔で無い胸を張った。
突っ込んでくれる遥はここにはいない。キッチンで調理中だ。
バーベキューといえばおにぎりだって張り切っていた。
俺のために、ピラフおにぎりを作ってくれると言っていた。
ピラフってパラパラ食感のイメージあるけど、おにぎりになるのだろうか。でもコンビニで、チャーハンのおにぎり見たことあるしな。遥ならなんとかしてくれそう。
ラフィオもまた、つむぎに連れて行かれていた。同じくキッチンで各種プリンを作ってるところなんだろう。