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2-45.大人たちは必要

「え? えー? どうだったかなー? わたし、酔ったから覚えてないなー。そうだ、もっとお酒飲もう! それから肉も焼かないと! いただきまーす」


 俺から離れた愛奈は、クーラーボックスから追加のビールを取り出すと一気に飲み始めた。


「あー! ずるいですよ愛奈さん! わたしも飲みます!」

「あんたたちには負けないわよ。公安の肝臓の強さ見せてやるわ」


 大人たちは何を張り合っているのか。樋口と澁谷は俺の両肩をしっかり掴みながら、酒の方に戻っていく。


「ねえ遥ちゃん! 料理用意して! お肉焼いといて!」

「いいですよ。悠馬の分だけ焼いときます」

「な、なんで!?」

「お姉さんのためにお肉焼くの、なんか嫌だからです自分で焼いてください!」

「あははー! 愛奈さん嫌われちゃいましたねー」

「う、うるさいわよ! あんただって自分で焼かないといけないみたいだし!」

「ですねー。せっかく肉持ってきたのにー」


 澁谷は、笑いながら残念そうな顔をした。器用だな。


「はい悠馬。ピラフおにぎり。食べさせてあげるね」

「お、おう……むぐっ!?」


 両手を大人どもに掴まれている俺に、遥はピラフおにぎりを持ってきて口に突っ込んできた。いや、肉を焼くのはどうした。

 おいしいけど。かなり嬉しいけど。


 駄目だ。ラフィオがいないと収拾がつかない。けど、あいつはどこに。


「あ、帰ってきた」


 遥の視線を追えば、ブロック氷の袋をいくつか持っているラフィオとつむぎがこっちに来るのが見えた。

 仲良さそうに、ふたり並んで歩いている。つむぎは幸せそうだし、ラフィオも少し照れくさそうながら嫌な顔はしていなかった。


「あ! もしかしてロック用の氷買ってきてくれたの!? 子供たちも気が利くわね!」

「違います!」

「酔っ払いの相手をしてる暇はない。絡むなら悠馬にしろ。僕はプリンを冷やすのに忙しい」


 おい。こら。お前も助けてはくれないのか。



――――



「フィアイーター、負けちゃったね」


 戦いの様子をエデルードにて眺めていたティアラは、残念そうな顔でキエラに言った。


 ティアラにとってキエラは、自分を魔法少女の敵にした元凶。憎むべき相手なのかもしれないけど、同時に望んでいたものを与えてくれた存在でもある。

 敵ではなく友だと、ティアラには認識されていた。


 ティアラにも、まだ魔法少女への憧れはあるのだろう。けどキエラのやることに協力的ではあった。


「簡単に倒されない方法ってなにかあるかしら。相手の数が多いから、一斉に襲われると勝てないのよね」


 今回のフィアイーターは、大勢の人を怖がらせた。それは間違いなく収穫。けど、魔法少女に倒されてしまったらそれで終わり。

 なんとかできないか。こんな風に、ふと疑問を口にしたときもティアラは。


「ミラクルフォースの後に、トンファー仮面っていうのをやってるのを見たんだけど……」

「ええ。それがどうしたの?」

「メインの怪物の他に、そんなに強くない怪物が出てくるの。守るように、たくさん。簡単にやられちゃうんだけど、たくさん出てくると怖いかなって」

「なるほど……ちょっとわたしも、そのテレビ見ていい?」

「ええ! もちろん!」


 ティアラは満面の笑みを見せた。

 今が人生で一番幸せな瞬間だというように。


 キエラだって、それが幸せだった。



――――



 その後も愛奈たちは酒を飲み続け、肉も食ってそのうち疲れて寝てしまった。

 当然ながらベッドなんかない、魔法陣のための家の中で。というか庭で限界まで酔っ払って、そのまま横になってしまった。


 リビングの魔法陣を傷つけないように和室まで運んで、家から毛布を運んできて被せる。女三人、雑魚寝状態。

 だらしがない大人たちだ。


「片付け、だいたい終わったよ」

「ごめんな。そっちは完全に任せちまって」

「いいって。これくらいできて当然の、できる女です。残った食材はうちで引き取るね。明日の悠馬のお弁当になります」


 松葉杖で家と庭を行き来しながら、火の後始末をつけてバーベキューセットを屋内に入れて、食材類を全部クーラーボックスに入れる。遥はそれを当然のようにやった。

 片足なのを感じさせない働きだった。ラフィオとつむぎも手伝ってはいたけど。


 そんなふたりは、同じく和室の隅で寄り添い合うように眠っていた。疲れてるんだろうな。つむぎははしゃぎすぎて。ラフィオはその相手で。


「余ったお酒は悠馬の家で引き取ってくれる?」

「わかった……姉ちゃんが明日も飲むんだろうな」

「だろうねー。わたしは、そろそろ帰らないとかな」


 外は暗くなっていた。遥の家には帰りを待つ家族がいる。

 ちなみにつむぎは、両親には俺の家に泊まっていると電話しておいた。どうやら彼らは、今夜は家に帰ってこないらしいから、無用な気遣いだったようだけど。


「送っていくよ」

「ありがとー。車椅子で夜道にひとりは、さすがに危ないしねー」


 余った肉の入ったクーラーボックスを膝に抱えた遥の車椅子を押す。

 街頭や家々の灯りで照らされた道は明るく、星はあまり見えない。けど、週末の住宅街の静かな夜の雰囲気は心地よかった。


「ねえ、悠馬。あの人たちだけどさ」

「樋口のことか?」

「うん。あと澁谷さんも。いい人だね」

「そう思うか? ……俺も同意見だけど」

「だよね! ちょっと変な人だけどね! あと、悠馬とくっつきすぎだけどね!」


 そこは譲らないのな。気持ちはわかるけど。俺も同じ理由で辟易している。

 けど、と遥はつづけた。


「わたしもミラクルフォースは小さい頃見てたけどさ、現実で子供だけで戦うのって、やっぱり無理があるなって思ったの」

「警察もマスコミも政治家も……売名目的の変な奴も出てきたからな」

「でしょ? 悪い人も実際にはいる。大人の助けって、どうしても必要なんだなって思った。愛奈さんも含めて」


 愛奈さん、か。本人を前に呼びかける時とは違う言い方。


 執拗にお姉さん呼ばわりするのは、遥なりの対抗意識から来るのだろう。本人がいない時は、こうやって少しの敬意を払っている。

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