目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2-46.雑賀の最後

「魔法少女の中に大人の人がいたこと、すごく良かったと思ってる。ちょっと頼りないけど」


 うん。敬意は払っても、頼りないのは事実だな。


「でね、その他にも偉い人……権力って言うべき人と仲良くなれたことで、わたしたちもかなり楽になったと思うの」

「そうだな」


 警察、マスコミ、政治家。これら権力のうち、ふたつと協力体制を築けたのは大きい。


「あとは政治家だねー」

「政治家か……」


 今日の戦いで、有事の時の政治家の姿はなんとなく見ることができたな。


「でもまあ、偉い人と関わるにしても、そんなに肩がこらない人がいいかな。澁谷さんも樋口さんも、そんな人」

「なるほどな」




『本日午前十時頃に発生した怪物によって、市の公開討論会に登壇していた雑賀優子氏含め二名の市会議員が死亡しました。カメラには――』


 遥を家まで送った後、俺は愛奈たちが寝ている家まで戻った。


 やることがあるわけでもなく、スマホでニュースサイトを見る。さっきの戦いについて、既に各局で報道がされているようだった。

 カメラが多く入った場所での戦いだ。市民の避難を優先するとかの名目で、報道陣は逃げずにカメラを回していたらしい。


 澁谷率いるテレビもふもふチーム含めて。それがマスコミの仕事だから仕方ない。


 魔法少女との接触を避ける方針を主張していた雑賀が、俺を盾にして押していた様子もしっかりと記録されていた。もちろん、恐れて逃げ出していたことも。


 魔法少女たちの味方を標榜し支援として金を集めていた態度からすると、褒められた行為ではない。緊急事態だったことを加味しても、敢然と戦った市長と比べて避難の声が上がっているそうだ。


 結局彼女は死んだらしい。

 腕の負傷は致命的ではなかったものの、そこから血を大量に失った。警備員たちに支えられて逃げていたが、動きは鈍いもの。そこをフィアイーターの放った茎が背後から首を貫いたとのこと。

 彼女は警備員のひとりに背負われるようにして、両側からさらに二人に支えられていたという。

 その背負っていた警備員は、雑賀の体が盾になって助かったわけだ。


 俺を盾にして生き延びようとした女としては、皮肉な結末だ。


 カメラの映像と樋口たちが調べていた金の流れから、どうせ雑賀は議員の立場を失っていただろう。死ぬ意味はなかったけど、天罰というものか。


「んんっ……悠馬……」

「あ。悪い。起こしたか?」

「ううん……大丈夫。眠くないから……酒飲んで倒れてただけ……」

「もっと心配なんだけど、それは」


 俺のすぐ近くで横になってた愛奈が目を開けて、こっちに擦り寄ってきた。


「よくあることよ。明日は二日酔いひどいかもね」

「明日は月曜日だぞ」

「休もっかなー」

「駄目だ」

「うえー。悠馬が厳しい……じゃあさ、せめて気持ちよく眠りたい」

「眠くなかったんじゃないのか?」

「これから眠くなるの。夜だし。あー。わたしはかわいい弟と一緒に寝たいなー」


 わかってる。愛奈の言うことはむちゃくちゃだって。

 欲望に忠実であるって一点だけは、一貫しているけど。


「あの邪魔なクラスメイトがいない隙に、好きなだけ悠馬と仲良くしたいなー」

「はいはい。わかったから。どうしてほしい?」

「膝枕してください!」

「……こうか?」


 畳の上で正座すると、愛奈はそこに頭を乗せた。


「はー。気持ちいい。毎日こうしてくれたら嬉しいんだけどなー」

「冗談じゃない」

「あはは。ねえ、頭撫でて」

「……」


 目を閉じて本当に気持ちよさそうな顔を見せている愛奈に頼まれて、俺は彼女の黒い髪に手を伸ばす。短いけれど、サラサラとしていて手触りがいい。


 愛奈が髪を短くしているのは仕事の都合が大きい。ドリルなんかの回転体を扱うから、長い髪は巻き込まれの危険があるからとのこと。

 短く切ること自体は義務ではなく、結んでまとめておけば問題はないのだけど、それも愛奈は面倒だと思っている。ばっさり短くしてれば色々楽らしい。


 大学時代は長髪だったんだよな。それを切ることへの迷いや後悔は一切なかったらしい。


 そんな思い切りのいい姉のことを、俺は好きだった。俺に撫でられて満足げな顔になる愛奈を見てから、俺は彼女を守る決意を固めた。


「悠馬」

「なんだ?」

「好き」

「姉弟だぞ。気持ち悪い」

「えー」


 そう、不満そうに愛奈が可愛らしいのが、俺にとってはなにより重要だった。




 翌日の月曜日の放課後。

 市役所のトイレの個室で、俺はじっと声を潜めていた。

 そんなに長い時間ではない。いつまでになるかは、よくわかっていた。


 ちなみにラフィオは一足先に帰ってもらっている。今は夕飯の支度をしているところだろう。


「よう、市長さん。……お世話になります」


 市長が手を洗っているところで、俺は姿を現して声をかけた。もちろん、タオルは巻いていない。


 当然、彼は驚いた顔を見せた。

 けど、俺が覆面男なのはわかっているようだ。


 俺の方はといえば、かっこよく声をかけようとして、でも無礼だなとも思ってしまって、なんともおかしな言い方をしてしまった。


 お世話になりますとは、姉の真似だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?