「ずっと待っていたのか? ここで?」
「いえ。市長さんの行動は教えてもらいましたから。この時間にここにいるのは予想できることです」
「教えてもらった?」
「はい。公安に」
ふたりきりで会話するにはこの方法が一番。魔法少女陣営の立場を使えば正式な会談の場を設けることもできた。けど早めに会話するならこの方法がいい。
映画みたいで、ちょっとかっこいいし。
「公安か。わたしは警察に、君たちの身元を調べるよう言ったのだがな」
「はい。そして見事に調べられました。思ったより早く、俺たちの身元はバレてます。同時に市長も調べられたということです」
「なるほど。公安を使うとは、そういうことか」
さほど驚いた様子も、まずいと思った様子もなさそうだった。
調べられて自分の立場が危うくなることはありえない。そう確信している者の声だった。
なるほどこの人は潔白だ。そしてある程度信用できる。
「市長。昨日のお話、本当ですよね? 俺や魔法少女の正体を知っても公表はしないと」
「そのつもりだ。……前科者だったり、過激派や暴力団と繋がりがあったりすれば話は別だが」
「ないですよ、そんなの」
もしそうなら、確かに市長の懸念はわかる。そういう可能性を考えての身元調査の意思もあったのだろう。
悪い人間が分不相応な力を持つのはまずい。それの対処をするのは、市民を守るために必要だ。
「俺たちは普通の市民ですよ。ちょっと怪物の事件に巻き込まれただけです。今も普通の市民です」
「そのようだな。わかった。君たちを信じよう。街の平和を守るために、これからも尽力してくれ。そして道は踏み外さないでくれ」
「ありがとうございます」
「行政の立場から手伝えることはあるか?」
「今のところは、ないです。……雑賀さんの魔法少女支援基金については、どうなりますか?」
「取りやめになった。被害の保障と防災の観点に絞って、市民を守るための別のシステムを作る予定だ」
「いいと思います。雑賀さんは、基金の裏で自分に金が流れるよう画策していたらしいので」
「公安情報か?」
「ええ。まあ」
市長は、さして驚いた様子も見せなかった。
「あれでも怪物の犠牲者だ。悪く言うのは気が引けるな。死んだ以上は、その罪を暴くのも考えものだ」
「それはご自由に。俺たちから雑賀さんについて、なにか言う気はありません」
政治家と距離を取るとは、そういうことだ。市長も俺の意図をよくわかったのだろう。静かに頷いた。
「なにかあれば言ってくれ。それまでは行政の支援は、魔法少女を含めた市民が住みやすい街を作ることに専念しよう。皆が活躍できる社会の構築だな」
「活躍しなくても……」
「うん?」
思わず言ってしまったこと。けど、愛奈にとっては大事なこと。
「大した活躍しなくても、なんとなく生きていられる街でもいいんじゃないでしょうか。特に、会社員やりながら魔法少女もやってる女なんかが住みやすい街って、そんなのだと思います。めちゃくちゃ頑張らなくても、それなりに生きていける街だったらいいなと、思います」
愛奈はそういう街を望むかな。望むだろうな。
「そうか。公約で掲げるには、少し無理がある街づくりのやり方だな。けど、そういう市民がいることも頭に入れておこう」
どれだけ本気で取り組んでくれるかは知らないけど、市長はそう言って俺の方へ手を伸ばした。
俺もその手をしっかり掴んで、握手をする。
大きく温かい手だった。
「どうだった? 市長さんとのお話」
「大したことは話せなかったよ。でも協力的ではあった。俺たちを詮索することはしないってさ」
「そっかそっか。上出来です」
市役所の駐車場停まっている車の運転席から、愛奈が話しかけてきた。
社用車だ。営業の仕事の帰りらしい。今から市役所に行くと連絡したら、近くにいるから迎えに来ると言っていた。
いや、社用車で迎えって。
「会社に車返したら退勤するから、一緒に帰ろっか」
「わかった。……それ、俺は直接帰った方が早くないか?」
「わたしは悠馬と一緒に帰りたいんです! 一日の労働を終えて疲れたわたしを癒やしてくれる弟と一緒がいいんです!」
「はいはい。好きにしろ」
助手席に乗った俺はため息をついた。今更だけどいいのか。部外者が社用車に乗って。
けど、ハンドルを握る愛奈がいつもより頼れるように見えるのも確か。それだけで、少しだけ幸せな気分になる。
営業先は町工場とかが多いから、スーツのジャケットは脱いで代わりに社名の入った作業着を着ている。
危なげなく運転する様子も含めて、かっこよかった。
「どうしたの? わたしの方見てニヤニヤして。惚れちゃった?」
「喋らなかったら、かっこいいんだよな」
「なっ!? それはどういう意味かな!? あ、でも悠馬がわたしのこと褒めたのも事実……? よし、喋りません。寡黙な女になります。絶対に喋らないわよ。絶対に、絶対にだから」
「運転に集中しろ」
「ふぁーい」
本当に。話さえしなければな。
でもまあ、俺が姉ちゃんを見て笑ってたのは確かなんだろうな。
姉ちゃんが俺を好いているように、俺も姉ちゃんが好きなのは事実だし。
「あ、そうだ。帰りにコンビニ寄っていい? ビール買うの」
「好きしろ」
こういう所も含めて、好きだった。