【Side クゥン】
「
見るからに高級そうな内装の店内、それも個室で。
給仕された肉厚なステーキを頬張り、オレは思わずそう言った。
肉厚なのに驚くほど柔らかくてジューシー。
噛めば噛むほど旨味が噴き出してくる。
「これはね、牛肉なの」
「牛の、肉? ミノタウロスではなくて?」
「そう。牛を食肉用として育ててるんだよ」
「そんなことをして、魔物に食われてしまわないのですか?」
「王都から輸入しているからね。魔の森から遠い王都では、畜産が盛んなんだよ。いつかこの地も、鉄神をたくさん配備して魔の森を安定化させ、畜産できるくらい平和にしたいよね」
「……っ。そうですね」
「ん、どうしたの、クゥン君?」
「いえ」
「言ってよ。思ってることがあるならさ、聞かせてほしい。クゥン君の想いを共有させてほしいな」
「その……兄に、ガウル
「――っ」女神様が立ち上がった。目には涙を
「この……世界?」
「あっ」女神様が慌てて視線をそらす。「ごめん、なんでもない。忘れて」
「はい」
と答えつつも、オレは考えていた。
女神様は時々、『ここ』ではない『どこか』を見ている時がある。
どこか別の世界――『異世界』のことを話しているような、そんな時がある。
古代語に対する異常なまでの博識さ、『のーとぱそこん』を使った『えくせるしすてむ』による恐ろしいほど効率的な統治手法、獣人差別に対する激しい嫌悪、女性蔑視に対する激しい反応、賄賂や汚職に対する過剰なまでの禁止命令。
女神様には、この世界の住人ならざる『叡智』がある。
そして、この世界の住人ならざる『潔癖さ』がある。
この薄汚れた世界に生まれ落ち、10歳を数える頃にはとっくに学んでいるはずの『清濁併せ持つ汚さ』を、女神様は身につけておられない。
そのことは、女神様の両腕であるヴァルキリエ様とクローネ様にはすでにご報告している。
ご両名もまた、そのことには気づいておられるようだった。
だが、ヴァルキリエ様からは『あの子が自分から喋る気になるまでは、そっとしておこう』と言われている。
だからオレは、女神様のお言葉を忘れることにする。
◇ ◆ ◇ ◆
「塩をあるだけ下さい。それに、野菜と果物と砂糖と日用品もありったけ」
「領主様、そりゃご命令とあらばこの店の在庫をすべてお売りすることだってできますが……お言葉ですが、お持ち帰りいただくことは可能なので?」
とある大店商店の一室で、女神様が『ドヤぁっ』とばかりに革袋を取り出す。
「マジックバッグ――【アイテムボックス】を【エンチャント】した袋がございますので」
666名の元奥様の中には、付与魔法――【エンチャント】持ちがいらっしゃった。
今はバルルワ = フォートロン辺境伯家の重臣として働いていらっしゃる。
その元奥様が、ステレジア様と一緒にとある『袋』を作成なさった。
それが、『マジックバッグ』。
手の平サイズの革袋に、ちょっとした家屋分くらいのとてつもない容量の物質を収納できる代物だ。
そんな超・超・超貴重品をこれ見よがしに見せびらかして大丈夫なのか、とも思うけど、それは織り込み済みのことらしい。
女神様
十年弱をかけて、王国が必要十分量を受け取る。
その間には、王国中にマジックバッグのことが知れ渡っている。
そうして、王国が十二分にアドバンテージを握った状態で、満を持してマジックバッグが世に売り出される。
バルルワ = フォートロン辺境伯家は大儲け。
だがその頃にはもう、女神様――エクセルシアとカナリア殿下の結婚が成っており、嫡男も生まれている。
嫡男は次々期国王だ。
それに、十年弱ともなれば次男も生まれている可能性が高い。
次男は、王家に次ぐ巨大な勢力を持つバルルワ = フォートロン辺境伯家だ。
きっと王国と辺境伯領は、今よりもさらに安全で、便利で、住みやすい所になっていることだろう。
ちなみに、マジックバッグは物の出し入れに相応の魔力を必要とする。
だから、軽々しく鉄神様の出し入れなんかに使ってしまうと、あっという間に使用者の魔力が枯渇してしまう。
枯渇した魔力は、1日、2日ほどゆっくり療養しないと回復しない。
旧フォートロン辺境伯邸のような超巨大構造物を簡単に出し入れできてしまうステレジア様がいかにバケモノなのか、改めて思い知らされる。
「まいどあり」
店主に見送られ、店を出る。
「じゃあ次は武具屋さんに行こうか」
「武具っ」
嬉しさのあまり、声が上ずってしまった。
「ふふっ。クゥン君って武器好きだよねぇ。男の子ってみんなそうなのかな?」
「はは……でも、ヴァルキリエ様もお好きですよ」
「あの人は性別イケメンだから」
大通りを歩き、街で最も大きな武具店に入る。
「らっしゃい」
店主は笑顔だ。
オレを見ても、眉をひそめたりしない。
武具店は、獣人差別をしない。
それもそのはず。
何しろこの領では獣人の大半が戦闘系の職業に就いていて、お得意様だからだ。
「女神様っ、自由に見て回っても?」
「いいよ」
オレは店内を巡る。
興奮のあまり、しっぽが勝手に動いてしまう。
「わぁっ、ミスリル製のサーベル! こっちはタマハガネの曲刀!? ほ、欲しい」
「店主さん、例のモノを」
「あいよ」
女神様と店主さんが何かやっている。
「クゥン君、ちょっと来てもらえるかな」
呼ばれて女神様の元に戻ってみると、店主さんが大きな木箱を下ろすところだった。
「開けてみて」
「はい」
言われて木箱を開いてみると、
「こ、これは……! この肌触り、それに輝き。もしかして、地龍素材の鎧ですか!?」
「そう。
「オレに!? こんな貴重な物を!?」
震える手で、鎧を手に取る。
プレートアーマーといっても全身を包み込む重装鎧ではなく、額、胸、関節など急所だけをプレートで守る軽装鎧だ。
地龍の革で作られた上下の上に、急所部分に加工した龍鱗が縫い付けられている。
龍鱗をケチっているというわけではなく、身軽さを活かして飛んだり跳ねたりするオレの戦闘スタイルに合わせて作ってくださっているのだ。
地龍の革もとんでもなく頑丈なので、これを着込めば、オレはほとんど無敵になれるだろう。
「んっふっふっ。喜ぶのはまだ早い」
女神様の合図で、店主さんが2つ目の木箱を取り出す。
細長い木箱だ。
ま、まさか――
「開けてごらん」
「は、はい」
震える手で蓋を開けてみると、
「地龍の牙で削り出した曲刀!?」
「正解。世界に2本と無い代物だよ」
つまり、世界最高峰の剣、ということだ。
「こ、こんな高級な物、受け取れません! 一生働いたってお支払いできませんよ」
「クゥン君からおカネなんて取れるわけないじゃん」
「だとしたら、余計にです!」
「何言ってるの。クゥン君は私にとっての――つまり、我が辺境伯家にとっての最終防衛線なんだよ? 私のためと思って、受け取って」
それもそうだった。
オレは女神様直属の護衛。
オレに対する投資は、女神様自身への投資でもあるわけだ。
「謹んで、お受け取りいたします」
オレは地龍刀を女神様に向けて捧げ持つ。
「これからもよろしくね」
女神様が微笑んだ。
神々しいまでの笑顔だった。