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16「クゥン編4~職人ギルドと獣人差別問題~」

【Side クゥン】



 最高の食事と最高のプレゼントをもらった後で、オレたちは目的地に向かった。

 街の中央、見上げるほどの大きな建物に掲げられた看板は、


「職人ギルド連合」


「うん」女神様がドアノブに手を掛ける。「ツラいだろうけど、ガマンしてね。気合入れていこう」


 ――カランカラン


 ドアに設置されたカネが鳴る。

 ギルドの面々が一斉にこちらを向いた。

 ある者はオレを見て眉をしかめ、またある者は女神様を見て驚いたような顔をする。

 職人ギルドには人間が多く、獣人差別が激しい。

 と同時に――


「女だ」

「あの女は?」

「ウワサをすればだ」

「ウワサの女領主サマか」

「女に仕事の何が分かるんだ」

「女なんかに領主が務まるのかね」

「しかも取り巻きが野蛮な犬ときてる」

「人形に乗って戦うしか能がないって話だ」

「女傑気取りかよ。前辺境伯様時代が懐かしい」


 女性蔑視が激しいのだ。

 まぁ、冒険者ギルドでも男尊女卑の傾向はある。

 が、冒険者の男は自分の背中を守ってくれるに足る『強い女性』を――将来の嫁として――求めるものなので、実力のある女性冒険者は実はチヤホヤされたりする。

 けれど職人ギルドでは、女性は『女性だ』というそれだけの理由で下に見られ、飯炊きや下働き以外の仕事を与えられない。


「不動産ギルドのギルド長はご在席でしょうか?」


 女神様は1階のホールをツカツカと横切り、受付の男性にそう尋ねた。


「どちら様で?」


 知らないはずがないだろうに、受付がわざとそう尋ねる。


「申し遅れました」女神様は優雅にカーテシー。「ここの領主・エクセルシア = フォン = バルルワ = フォートロン辺境伯です」


「あぁ、アナタがウワサの女領主サマですか。何のご用で?」


「不動産ギルド長に呼ばれまして」


「それは失礼をいたしました。ギルド長は2階奥の部屋におりますので。すぐにご案内いたします」


 オレたちは2階へ案内される。

 不動産ギルド長の部屋に向かう道中でも、何人ものギルド職員男性や職人たちとすれ違い、奇異の目や侮蔑の眼差しを向けられる。

 ギルド長の部屋に着く前に、オレは疲れ果ててしまった。

 オレですらそうなのだから、女神様もきっとそうだろう。

 チラリと横顔を伺うと、女神様は薄っすらと微笑んでいた。

 口は笑っているが、目が笑っていない。

 恐ろしいほどに感情を押し殺した表情だった。


「これはこれは、女辺境伯様。わざわざご足労いただきまして」


 五十絡みの不動産ギルド長は、ドアも閉められないうちに、大きな声でそう言った。

 女神様に席も勧めず。

 自らは座ったままで。


 感じ悪いな……と、思う。

 きっとこのギルド長は、男である自分が、女である女神様を呼びつけることで、力を示したいのだろう。

 立場が圧倒的に上である辺境伯を呼びつけることに成功したことを、階下の人々へ喧伝したいのだ。

 ここの人たちは、ことさらに女神様を『女』領主、『女』辺境伯と呼ぶ。

 女神様は薄っすらとした笑顔のままだ。


「お手紙でお伝えしたとおりです。女辺境伯様がお売りになった土地の地下から、夜な夜な不気味な音がするのです。このままでは売り物になりません。早々に解決していただけますかな?」


「ええ」ニッコリと微笑む女神様。「そのために、わたくしが『直々に』来たのです」


 ……女神様、しっかり怒ってるな。

 ギルドに呼びつけられたわけではなく、自らの意思で調査に来たのだ、と強調なさった。


「ふんっ」ギルド長がテーブルの上に紙切れを放り投げた。「立ち入りの許可証です。さっさと終わらせてほしいものですな」


「言われなくとも」


 許可証を拾い上げた女神様は、さっさと部屋を後にする。

 オレは慌ててついて行く。


「さ、挨拶は済んだから、さっさとこんなとこ出よう」


「そうですね」


 1階への階段に足をかけた、その時だった。


「てめぇ、いつまでチンタラやってやがるっ」


 ――ピシャッ


「ぎゃあっ」


 ムチの音と、悲鳴。

 オレと女神様は、慌てて1階へ下りる。





 ホール中央で、獣人の少年がムチで打たれていた。





 獣人が背中としっぽを丸めてうずくまっている。

 その周囲には、運んでいる最中だったのか、荷物が散乱している。


「なっ」女神様が、ムチを構える若手ギルド職員に向かって声を荒げる。「アナタ、なんてことを――」


「おい若いの」


 女神様の声を別の年配ギルド職員が遮った。

 再びムチを振り上げようとしていた若手ギルド職員に向かって、


「ムチなんて使うんじゃねぇよ」


 と注意した。

 女神様が、ほっとした顔になった。

 職人ギルドの中にも獣人差別を止めようとする良心的な人間がいる、と『勘違い』したのだろう。

 だが、次の瞬間、女神様の顔が怒りに染まる。


「室内でムチなんか使ったら、周りの迷惑だろ。犬っころはこうやって躾けるんだよっ」


 年配職員が、獣人の背中を蹴りつけたからだ。


「止めなさい!」


 女神様が獣人の少年を庇った。


「っと、女領主様じゃないですか」ニヤニヤ笑いの年配職員。「業務妨害だ。困りますね」


「業務……業務ですって!? こんなっ、体罰ですらない、ただの暴行が!? 獣人差別は禁止すると、改正領法で定めています。公示人を通じて、もう何度も布告しているはずですよ」


「差別じゃありません。ちょっとした教育です。ウチの伝統的なやり方に文句をつけるおつもりですか? ギルド内の業務方針はギルドに任せてもらえるってのが領法で定められているはずですが?」


 年配職員が若手職員からムチを受け取る。


「それとも、お嬢ちゃんがこの犬っころの代わりにムチを受けてくれるので?」


 年配職員がムチを振り上げてみせた。


「――っ」


 女神様の体がびくりと震える。

 女神様はしばらく年配職員を睨みつけていたが、やがて獣人を庇うのを止めた。


「はははっ、これだから女は」

「優しいふりして、根は白状なんだよな」

「頭で物事を考えることができねぇんだろ」


 とたんに、ギルドホールが人間男性たちの嘲笑で包まれる。


「……クゥン君、ここで待ってて」


 女神様はそう言い残し、足早に出ていった。


「逃げるのかよ」

「恥知らず」

「カスが」


 男たちがギルド出入口のドアに向かって罵声を投げかける。

 が、数十秒後、そのドアが崩壊した。

 鉄神2号の拳によって。


 ――バキバキバキッ!

 ――ガラガラッグシャァッ!


 ――うわぁあああああああああああああああああああああッ!?


 突如ギルドホールに乗り込んできた身の丈5メートルの巨人を前に、ギルドの男たちは恐慌状態に陥った。


 女神様は手慣れた操作で鉄神にホールを横切らせ、震える年配職員の前に立たせた。

 鉄神の指先が、年配職員のムチに触れた。


「このムチで、私に、どうするんでしたっけ?」


 ハッチを開いた女神様が、笑顔で年配職員を見下ろす。


「ひっ」


 年配職員は腰が抜けてしまったのか、尻もちをついた体勢のまま動けない。


「巨大自動人形……」

「鉄神だ」

「地龍の鱗すら砕いたっていう、あの!?」


 正確には、地龍を倒したのはM4であって2号ではない。

 が、わざわざ訂正してやる義理はないだろう。

 せいぜい怯えるといい。


「ほら、打ってみてくださいよ、そのムチで。ほらほらほらっ」


 再びハッチの中に入った女神様が、鉄神の指先で年配職員のムチをツンツンする。

 鉄神からすれば指先で触れているだけとはいえ、人間からすれば大質量で体をぐいぐい押されているようなものだ。

 年配男性は顔面蒼白。

 ……うわぁ、女神様、めっちゃくちゃ怒っていらっしゃる。


「打ちなさい。なぁおい、さっさと打てッ!」


「ひ、ひぃぃっ」


 ――ぺちり


 と、年配男性のムチが鉄神の鋼鉄の肌をなでた。

 次の瞬間、2号が思いっきり拳を振り上げた。

 風圧でテーブルの書類が舞い上がる。


「ゴブリン、

 ホブゴブリン、

 ジャイアントボア、

 オーク、

 ブラックベア、

 地龍シャイターン。

 思えばたくさんの魔物にこの拳を叩きつけてきましたが、人間を叩くのは初めてですね。どうなるんでしょうね? ジャイアントボアの脳天を叩いた時は、頭蓋骨が砕け、脳症が飛び散りました。ホブゴブリンの腕を握った時は、骨が砕け、筋肉がちぎれました。ブラックベアの腹を叩いた時は――」


「ひっ、ひぃぃいいいいいいいッ!!」


 年配男性が、這いずるようにして逃げていった。

 さすがの女神様も、追いかけて本当に拳を打ち下ろすようなことはしなかった。


「おいおい」体格の良い男性――職人ギルド連合長が奥から顔を出した。「どうかしてるぜ、アンタ」


「どうかしてるのはアナタたちのほうでしょう?」女神様がハッチから顔を出し、連合長に抗議する。「獣人差別は止めるようにと、再三命じているはずですが」


「ギルド員へは再教育させていただきますよ。ですが」連合長が崩壊したドアを指差す。「あれはなんですかい」


「はーっ」ため息とともに、女神様が金貨を連合長へ投げた。「弁償金です」


 それから、女神様は鉄神から飛び降り、鮮やかに着地した。

 しゃがんでいる状態でも2メートル以上は高さがあるのに、慣れたものだ。


「キミ、大丈夫?」女神様が、ムチで打たれていた獣人を立たせる。懐から紙切れを取り出して、「これ、温泉郷での求人案内。肉体労働でも頭脳労働でも単純作業でも、狩りでも開墾でも農業でも旅館従業員でも料理人でも湯守でも。仕事はいくらでもあるから。遠慮しないで来てね」


「…………?」


 獣人は、ぽかーんとした顔で女神様を見ていた。

 急に優しくされて、どう返事をしたらよいのか分からずにいるのだろう。

 オレもそうだったから、その気持ちはよく分かる。

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