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第119話 年始の餅つき大会


 新しく用意された薄いピンクのローヒールのブーツに、首からデコルテまでが白のフリルに切り替えの花柄模様の天鵞絨ワンピース。

 重厚感があり、光沢があるワンピースは袖とスカートの下側がたっぷりのフリルがありボリュームがある。

 その上から厚手の黒のポンチョを着ていた。

 兎の毛皮を使った脛までの長さのポンチョは風を通さずホカホカだ。


 今日は物凄い寒い日らしく、吹雪いてはいないが朝から雪がしんしんと降っている。

 音が吸収され静かな朝が芽依の目覚めを遅くさせたが、それ以上に素晴らしい目覚めだった。


「今日は美味しいクッキー」


 たまたまなのだが、美味しいクッキー専門店が出来たらしくフェンネルに一緒に行かないかと言われていた芽依。

 まだ滞在中のパーシヴァルは気になるが、だからと言って芽依の行動を狭める理由にはならないからとこれを承諾した。


 何よりクリスマスから一切フェンネルと会っていなかったからだ。


「フェンネルさんおはよう」


「おはよう、待った?寒くない?」


「大丈夫だよー」


『じゃ、頼むな』


「任せて、ちゃんと送り届けるからね」



 珍しく2人でのお出かけ、芽依とフェンネルが合流するまでは保護者の1人であるメディトークがしっかりと芽依の隣に張り付いていた。


 最初2人でのお出かけにメディトークはかなり渋っていた。

 移民の民はどうしても目立ってしまう。

 力の為だったり、喰うためだったり様々ではあるが、その全てに移民の民が傷付けられる事は必須なのだ。

 肉体的にも、精神的にも。


 数日前に大きな問題に巻き込まれたばかりなのだ、心配もするだろう。

 だが、今日はメディトーク自身の用事があり庭を離れるらしい。

 ここ数ヶ月そんな事がなかったメディトークだが、逆に考えれば無い方がおかしいでは無いか。

 全ての予定を捨てて芽依の庭にいた事になる。


 庭にいる間が芽依を守る契約ではあるが、それでもメディトークは1人の幻獣である。

 様々な用事だってある筈なのだ。

 それをどんな理由で芽依を優先しているのかわからないが、いつも自分を後回しにするメディトークの用事なのだ。

 是非にその用事を優先して欲しい。


「じゃ、行こうか」


「うん」


 芽依より遥かに背の高いフェンネルが見下ろしトロンと目が滲むように細める。

 いつもよりも倍増しているフェンネルの甘さというか柔らかな雰囲気が全面に出ていて笑みも見惚れる程に美しい。

 今日は朝から寒く、外気に触れる頬は寒いはずなのに薄っすらと上気した。


「手を繋いでいいかな?側にいて触れている方が守りやすいから」


「うん、はい」


「………………」


 絹の手袋を付けた芽依がなんの躊躇いも無く手を差し出すと、その手を数秒見つめたフェンネルはにっこりと笑い手を握った。


「ふふ」


「どうしたの?」


「どうもしないよー?」


「変なフェンネルさんだなー」


「そうかな?」


「今日は何時もより2割増キラキラ」


「ふふ、なにそれ」


 粉雪の妖精は髪をキラキラと日に照らされながら少し恥ずかしそうに笑った。


「それで、今日はどこに行くの?」


「今日はシャリダンだよ。王都にあるクッキー専門店の支店が開店したんだ」


「クッキー楽しみにしてたんだ、それにシャリダン初めて」


「良かった、じゃあ時間が大丈夫からお散歩でもする?」


「お散歩?いいね」



 フェンネルの提案にすぐに頷いた芽依に、フェンネルはまたあの蕩けるような笑みを浮かべて芽依を抱え込み、シャリダンまで転移を行った。


 今回行く場所は領主館から1番遠いドラムストの領地内にある小さな街である。

 カシュベルから森の方角にある街で、カシュベルよりもかなり規模が小さく、同じくらいの大きさの街ガヤと隣接している。


 カシュベルはドラムストの一番端にある街で、所謂田舎なのだ。

 特産物もなくどちらかと言うと年配者や、ゆっくりと過ごしたい人外者が好んで住んでいる。

 移民の民も数人住んでいるが、今では穏やかに他の領民とも話せる様になってきたらしい。


 森が近いせいか自然豊かで、夜は月光が差しキラキラと光る幻想的な情景が見ることが出来、闇の精霊や夜の妖精、月の妖精などが深夜に集まり宴を開いたりしている。


 そんなシャリダンは年々人口が減少しカシュベルやペントランへ移住していく人が増加傾向だ。

 やはり若い人にはこのゆっくりした時間の流れの中、刺激のあまりないカシュベルから出て行く人が多いらしい。


 とは言え、この田舎なカシュベルもただゆっくり流れる時間を楽しむ老人の集まりではない。


「はぁぁぁぁ!いよいっしょぉぉぉ!!」


「はぁぁいいい!!」


「もういっちょぉぉ!!いよぉぉぉぉっいっしょううう!!!」


 街の真ん中で巨大な臼を使った餅つき大会が開催されてた。

 米や餅はドラムストから離れた場所で取り扱っているものなのだが、何故かはるか昔から餅だけは取り寄せして行ってきた正月の伝統行事のようだ。


「…………も、餅!?」


「…………うん、ドラムスト内の領地でここだけ仕事始めのが数日過ぎて落ち着いてきた頃合にシャリダンでは餅つき大会をしているんだよ。前に酔った君が僕を餅だって言って齧り付いてたの覚えてる?餅好きなのかなって思って」


「その節は大変ご迷惑をお掛けして……」


 今日で合ってて良かった、と美しく笑ったフェンネルに齧り付いて歯型を付けたのは芽依もしっかり覚えている所だ。


「参加自由で、勿論食べるだけでも大丈夫だから、軽食替わりに食べない?」


「食べる!これ知ってて連れてきてくれたの?」


「元々美味しいのは知ってたし、君もお餅好きみたいだったから。クッキーの日にちゃんと当たって良かった」


「…………フェンネルさん、ありがとう」


「どういたしまして」 


 今日のフェンネルは、ふわりふわりとどこか地に足が着いていないような不思議な感覚を覚えつつ、やはり穏やかに微笑んでいる。


「今日のお礼にプリン沢山用意して貰うね」


「あ、嬉しい……最近食べてなかったから」


 ほわん……と笑ういつもの綺麗なフェンネルは何故か浮かれているのかいつもと様子が違う。


「…………どうしたの?今日いつもと違うね」


「そう?君とのお出かけが楽しみだったからかなぁ」


「そっかぁ」


 2人でニコニコ。

 そんな背後では熱い餅つきが行われていて、掛け声が響いている。


 普通の餅つき大会と思う事なかれ、参加者は皆年配者ばかりだ。


 ひょろりとしたおじいちゃん達に、腰の曲がったおばあちゃん達。

 そんなおじいちゃんが、始める前に行う掛け声で風が吹き筋肉がモリモリっと盛り上がる。

 青筋が浮かび、体全体が巨大化したのに顔はおじいちゃんというアンバランス。

 更に、おばあちゃんは、よろよろと腰が曲がって居たはずなのにぴっ!と立ち上がり両足を踏ん張って重たい水の入った桶を片手で持っている。


 最初にゴリゴリと押し付けられている餅は次第に粘着質になり餅の姿に変わり始めて来た頃、大きく振りかぶった杵が餅を強く叩いた。

 離した時に高く跳ね上げられた餅をおばあちゃんがまさかの空中キャッチして、水の着いた手で一瞬に捏ね臼に叩き下ろす。


 まるで違和感のない普通の餅つき大会みたいにしているが、芽依から見たら何もかもが可笑しいのだ。


 隣のテーブルではおばあちゃん達が3人ほど並び笑いながら餅をちぎり丸めてお皿に入れるのだが、それもスピードが早すぎて手元が見えない。

 出来上がった餅はすぐさま配膳され、用意されているトッピングを自分でかけて食べるのだが、それもまるで丸呑みのように口に吸い込まれていく。


「つ……詰まる……喉つまる……」


 驚愕の様子に芽依はワナワナと震え指を指すが、フェンネルは笑い飛ばした。


「やだなぁ、あんなので詰まるわけないよ。そんな喉弱ってたら何も食べれないよ」


 餅の他にも何故かステーキやラーメン、何故かお新香なども口直しで用意されていて、何故ステーキが口直し……と戦いた。


「ねえちゃん、食べねぇか?うまいぞ」


 おばあちゃんがこいこいと手招くのを見て、フェンネルがにっこりと笑った。


「行く場所があるから、終わったら来るね。その頃にはお腹すいてると思うから沢山食べるよ」 


「そうかい!待ってるよー」


 ブンブンと手を振るおばあちゃんは1人ではなく、餅を丸める合間に素早く手を振るおばあちゃんもいて、玄人すげぇ……と何故か関心した。



 シャリダンの人口は350人ほどで、本当に少ない。

 あの餅つき大会で見たから信じられないかもしれないが、このシャリダンでの日常は本当にスローライフを満喫するような場所である。

 森が近く採取できる資源も豊富で、シャリダンが無くなってしまうとドラムストも手痛い損失になる。

 その為、今回のクッキー専門店は町おこしの一環でもあった。


 スローライフとは言え、生活に必要な様々なものは用意が必要。

 その為の金策として、理性が失われた幻獣を狩って報酬を貰ったり、森から資源を取ったりとここに住む人達はメリハリのついた仕事をしている。

 仕事は仕事、あとはゆっくりすると決めていて、比較的温厚な人が多い。


 しかし、このシャリダンを甘くみてはいけない。

 少ない人数でドラムスト一番端を守るのにも意味がある。


 ここの住人の殆どが退役軍人である。

 しかも、戦果を挙げている人が多く、実際の戦場を何度も経験している人達ばかり。

 今でも笑いながら敵を殺せるし、中位や、上位精霊、妖精よりも強い人達がゴロゴロいる。

 ある意味最強の防波堤となっていた。


 人口が少ないからと他国がドラムストに侵略に来る時、殆どがここを狙い軽く全滅させられている。

 それもあり、新しい住民は増えないのだ。

 後のシャリダンやドラムストを守る兵になるようにと空いてる時間を稽古に当てられるため、そのスパルタに泣かされるのだ。


 しかし、そんなシャリダン出身者は男女関係なくどの人も、警備や護衛といった守る立場の職を選んでいる人が多い。



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