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第120話 クッキー専門店


 衝撃の餅つき大会会場から徒歩五分程した場所にクッキー専門店はあった。

 シャリダンは小さな街で、その街の雰囲気に似つかわしくない立派な風格が漂っている老舗感が半端なかった。

 隣には巨大な工場があり、ここで製造もしているようだ。


「すごい立派」


「うん、王都でも人気の店だからね。ドラムスト領内からもお客さんはかなり来てるみたいで集客率は良いみたいだよ」


「うん、混んでるね」


 店に入ると高級感漂う店で、入口の横にずらりと並んでいる店員が一糸乱れぬ様子で頭を下げた。

 1番手前の女性が近付き、フェンネルを見て微笑む。


「ようこそいらっしゃいましたメモリアールへ。ご案内させていただきます」


 制服だろう、パリッとした白シャツに、黒の膝丈タイトスカート。

 青と白のストライプのスカーフが鮮やかにワンポイントとして煌めいている。

 髪も纏めて黒いリボンを飾り、かなり清潔感が溢れている。


 先程の掛け声と舞う餅に、空中キャッチするおばあちゃんとのギャップが激しすぎて感情が追いつかない。


「今日は初めてでいらっしゃいますね。どのような物をお探しですか?」


「この子に見せたくて来たんだ。説明を頼める?」


「畏まりました。ではお嬢様、気になるものはいつでもお声掛け下さい」


 にこやかに言われ頷くと、店員も小さく頷く。

 小さなクッキーが1粒ずつ並んでいるショーケースに、箱売りの場所など売るものによって場所は区別されていて、ひとつずつ丁寧に教えてくれる。

 中には、フェンネルがおすすめだよと、その場で金額を払い芽依の口に入れる場面もあった。

 店員は無駄に騒がずその様子を黙って見守るだけである。


 箱売りについては試食品があり食べさせて貰うのだが、ここで新たな衝撃に出会う。


「ドラムストのカテリーデンでは最近試食品提供があり、売上が上がったと聞きまして。メモリアールでもそれを採用致しました所、目に見えての変化がありました。ですので、是非支店をドラムストでと決まりました」


 朗らかに笑う店員だが、芽依は試食品のクッキーでむせた。

 フェンネルに背中をさすられ笑われたが、その次の言葉に驚愕する。


「それ始めたのこの子だよ。それから皆真似したの」


「まあ!まさか発案者様にお目に掛かれるとは……支配人を呼びますのでお待ちください」


 深々と頭を下げた店員は足早に離れ、芽依は止める余裕もなく見送ってしまった。


「………………まって、支配人?」


「そうみたいだね」


「私クッキー買いに来ただけなのに……」



 その後現れた支配人に深々と頭を下げられ挨拶された芽依は、これでもかという量のクッキーやブレットを入れられ持たされる。


「貴方様の発案は我がメモリアールの革命を起こして下さいました」


「いえいえいえ!」


 崇拝に近い言い方に恐縮する芽依。

 実際に高級クッキーは売れるが趣向品に高いお金をかけられる人は限られていて、売上はあまり見込めなかったのだが、試食品で食べたあの味が忘れられないとお金を握りしめて買いに来る客も多くいるのだとか。


 こうして、毎月少しづつ売上がまた伸びだしたらしい。

 これも貴方のおかげです!と頭を下げられては受け取らない訳にもいかず、有難く頂いた。


 何も買わないのは失礼かと店内を歩き回り、手頃なクッキーを探していると、あるバターブレットを見つける。

 昔からクッキーは好きだが、特にバターブレットは別格だった。

 ザクザクとした歯ごたえにほのかな甘さ、更に豊潤なバターの香りと口いっぱいに広がる旨み。


 これが堪らないのだ。


「…………これ、買います」


「かしこまりました」


「お土産?」


「私用。バターブレット大好き」


 店の片隅に置かれたバターブレットを試食もせずに買った芽依に驚くフェンネルだったが、嬉しそうな芽依に一緒になって笑った。


「お待たせいたしました」


「ありがとうございます」


 他にも見て、アリステア達とメディトーク、ハストゥーレにお土産を購入して満足だ、と笑う。

 両手いっぱいの紙袋を箱庭にしまい込み、店を後にしたのは、買い物開始から1時間半が経過、かなり見ていたのだと自覚してフェンネルを見上げる。


「ごめんゆっくりしすぎた。疲れてない?休もうか」


「……それは男側から言う言葉だよ」


 先に言われちゃった、と苦笑するフェンネルにキョトンとした。

 たしかに、休憩を促すのは男性が多いかもしれないが、気遣いはどちらも出来る。


「…………気になった人が言えばいいんだよ」


「僕を気にしてくれたの?」


「ん?当たり前でしょ?」


「………………もー、タラシなんだから」


「え、なんで」



 シャリダンの良いところは素晴らしい自然に囲まれた環境にやさしい場所では無いだろうか。

 森の中に整備された街があるような感じで、木々が美しく管理されて並木道を作っている。


 今は冬なので、雪が降り積もり重さに負けた枝は少し垂れ下がり地面に雪を落としていて、下にいた小さな精霊が雪に埋まっている。


 そんな並木道を2人はゆっくりと歩いていた。

 厚手のポンチョがしっかりと寒さを防いでいてくれるので芽依は何時間でも歩けそうだ。


「この街はなんて言うか……平和だねぇ」


「スローライフだね」


「ほら見て、ここでは小さな庭を家の敷地内でやってるんだよ。決めれた場所じゃなくて他の場所でも小さければ出来るから、ここでは人気みたいだよ」


「おー、家庭菜園だね」


 家の周りにある小さな庭に水をあげている人間と人外者。

 全く別の場所を手入れしているのでお互い背中を向けているが、中々の大きさの人参を収穫している様子に思わず拍手しそうになる。


「良い庭だねぇ」


「綺麗なツヤツヤの人参素敵…………あの土うちのと違うなぁ」


「土は栄養だったり混ぜ方だったりでだいぶ変わるから、庭を扱う人の大半は違うんじゃないかなぁ……」


「へぇ、今度フェンネルさんの庭見せて欲しいなぁ」


「良いよ良いよ!何時でも歓迎しちゃう!プリン持ってきてね!」


 嬉しそうに言うフェンネルに促されて着いたのは東屋だった。

 樹木に隠された小さな東屋はなんの花だろうか、ツルがぐるりと周りをつたい無いはずの壁を作っている。

 薄いクリーム色の屋根には雪がどっさりと積もっていて、ツルで出来ている壁にも雪がチラチラと積もっては落ち、中から見ると緑と白のコントラストが素晴らしく綺麗だった。


 東屋に入った芽依とフェンネルは設置されている木でできた椅子に座った。

 リンデリントで作られた木製の椅子で、外気にあたっても丈夫な椅子として東屋に好んで使われていたもので、シャリダンの東屋用にアリステアが保存していた1つを出したらしい。


 盗まれる危険性がある為、厳重に保護や追跡魔術が重ねがけされていて注意喚起の張り紙もあった。


「…………可愛い椅子だなぁ」


 木製の柔らかな材質に気で作った鮮やかな飾りが付いていて、風が吹くと飾りが揺れシャララ……と涼やかな音がする。

 家屋の中にあった鮮やかな色彩の家具よりもグッ……と落ち着いたデザインだった。


「………………リンデリントのだね……昔ね木材加工で有名か村があったんだ」


「うん、そうみたいだね……落ちついた色合いも可愛いなぁ」


「……聞いたの?」


「実は、この間色々事故にあって過去のリンデリントに行ったの」


 椅子をサリリ……と撫でて言うと、目を丸くしたフェンネルは芽依の方へゆっくりと顔を向ける。


「……いつ?」


「ん?この間だよ」


「違うよ!いつのリンデリント!?」


 隣に座っていた芽依を掴んで顔をのぞき込むフェンネルは焦りや恐怖が顔に滲んでいた。

 セルジオみたいに心配してくれているんだなぁ……と微笑んで、村が無くなって半日後くらいだって、と話したのだが、フェンネルは真っ青な顔のまま芽依をギュッと抱きしめた。


「………………フェンネルさん?」


「…………良かった、君が無事で……本当に良かった…………」


 痛いくらい手に、腕に力が入って、芽依の肩にのるフェンネルの顔が強く押し付けられている。

震えが体越しに伝わり、芽依はフェンネルの頭を優しく撫でる。


「大丈夫だよ、フェンネルさん。無事に帰って来たんだよ」


 そう言うが、フェンネルは首を横に振るだけで、強く抱きしめるだけだった。




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