「アデル、怖がらせてしまってごめん」

アドニス様がアデルに声をかけた。

「……うん。あのおじさんも、女の人も……何か怖い」

ポツリと呟くアデル。

「そうだな。しばらくの間、あの二人にはアデルと会うのを遠慮してもらうように伝えておくよ。フローネ、君にも悪いことをしてしまったね。叔父上とビアンカが失礼な態度を取ったこと、どうか謝罪させて欲しい」

「そ、そんな謝罪なんて大丈夫です。第一アドニス様は何も悪くありませんから」

「いや、だけど俺にも責任がある。あの二人には、もう一度俺の方から良く言っておくよ。フローネを軽んじるような行動は取らないようにと」

「アドニス様……」

本当に何て良い方なのだろう。私が想いを寄せていたクリフや、親友だと思っていたリリスとは大違いだ。

＊＊

「さぁ、アデル。部屋についたよ」

アデルの部屋に到着すると、アドニス様はアデルをソファに下ろした。

「お兄ちゃん……お食事はどうするの？」

「大丈夫だ、すぐにこの部屋に用意させるように伝えるよ」

アドニス様はポケットから小さなベルを取り出すと、振り鳴らした。

チリン

チリン

すると……。

「お呼びでしょうか、アドニス様」

少しの間を開けて、先程私達を出迎えてくれたベネットさんが現れた。

「ベネット、至急この部屋に三人分の食事を用意するように伝えてくれ」

「……承知致しました。直ぐに伝えてまいります」

ベネットさんが足早に去って行くと、アドニス様が私に視線を移す。

「フローネ。さっきは言わなかったが……彼が、この屋敷で一番信頼を置いている人物なんだ。何か困ったことがあったときは彼に相談するといいよ。ベネットにも二人のことをよろしく頼むと伝えてあるんだ」

「……分かりました」

この屋敷で一番信頼を……ということは、もしかするとこの屋敷はアドニス様にとって、安心できる場所ではないのだろうか？

だとしたら……。

「アドニス様、アデルのことはどうぞ私にお任せ下さい。何があっても、私がアデルのことを必ず守ってみせますから」

「お姉ちゃん……」

アデルが目を見開いて私を見上げる。

「フローネ……？」

アドニス様も驚いたように私を見つめ……直ぐに笑顔になった。

「ありがとう、フローネ。どうかアデルのことをよろしく頼むよ」

「はい、アドニス様」

私は改めて、二人の前で誓った――

＊＊＊＊

　その後。

ベネットさんがワゴンを押している年若いメイドを連れて部屋に戻ってきた。

「あの……ベネット様のお申し付けで、お食事をお持ちしました」

そのメイドはニコルとさほど年齢が変わらないように見えた。彼女はまだメイドとして日が浅いのか、緊張しているようだ。

「ありがとう。君、名前は？」

「はい、サラと申します」

するとベネットさんが説明してくれた。

「彼女は、半月ほど前に私が自ら面接をしてメイドとして雇いました。年齢もアデル様に一番近いので、彼女をアデル様の専属メイドにしてはいかがでしょうか？」

「そうか……ベネットが自ら決めたメイドか……。分かった、それではサラ。これからアデルの専属メイドとして、よろしく頼みよ」

「は、はい！　ありがとうございます！」

まさか領主自ら、御礼を言われるとは思わなかったのだろう。サラが顔を真っ赤にさせて返事をする。

「私はアデルのシッター、フローネ・シュゼットです。よろしくお願いします」

そこで私も自己紹介をした。

「はい、よろしくお願いします」

笑顔で返事をするサラは好感が持てた。

「すぐに、お食事を用意させていただきますね」

サラはテーブルの上に料理を並べ始めた。

緊張していた様子を見せていたものの、メイドとしての腕は優れているのだろう。

その手際の良さは見事だった。

「それでは、私は一度下がらせていただきます」

全ての料理を並べ終わるとサラはお辞儀をし、ベネットさんと一緒に部屋を出ていくとアドニス様が声をかけてきた。

「アデル、待たせたね。それにフローネも」

「うん」

「いいえ。大丈夫です」

「それじゃ、冷めないうちにいただこうか？」

「「はい」」

そうして、穏やかな食事が始まった――