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Ep.202 Side.R 楽園は遠い

 今日はパーティで一日オフの日にしようと決めた。

 ってことで俺は、ここしばらく忙しかった為に溜まりに溜まったアレを満足させるために、イイ店探しを観光がてらに敢行することにした!


 ……ヤベ。心の声でも寒いこと言っちまってる。これはイっちまうしかねえ。


 出掛ける時、どこへいくのかと、クサビから曇りなき眼で問われたが、俺の汚れ切った目論見は純粋なクサビには教えられねえ。


 そこで『イイ店探し』と適当にぼかしたのが運の尽き。

 今度はウィニ猫に食べ歩きと勘違いされてしまう羽目になったのさ。


 あいつはもふもふして可愛いが、食いもんの事になると見境ない。

 案の定俺にたかる為着いてくるつもりのウィニ猫だ。


 他の日であれば、ウィニ猫をもふもふ出来る時間と引き換えになら奢ってやってもいいが、今日は! 今日だけはそうはいかねえ……!


 俺にはまだ見ぬ麗しのオネーチャンが待ってんだ! ……絶対にウィニ猫を撒いてやんぜ!




 …………と、思ってた時期が俺にもありました。



 なめてたわ、あいつの嗅覚と聴覚。

 強化魔術まで使って全力ダッシュしたってーのに、なんでけろっと着いてきてんだよッ!


「だぁ……だはぁ…………っ……おかしいだろ……オイ……」


 全力で走った俺は息も絶え絶えに荒く呼吸を繰り返す。

 その横には、俺の服の裾を掴んだまま、どこかニンマリしているウィニ猫が白いもふもふのしっぽを振って立っていた。


「さあラシード。早くごはんつれてけ」

「ぜぇ……ぜぇ…………。なんでここが分かったんだよ!」

「わたしにかかればラシードのにおいを嗅ぎ分けることなどぞーさもないのだ。ふふん」


 ……えっ? 俺の匂い……覚えてくれてるの?


 …………トゥンク……――――


 あ、ヤベヤベ違う。今日は大いなる野望があんだよ! 絆されるところだった……やべぇ……!



「ラシード、はやく」


 ……こりゃ奢るまで絶対に離れないな。

 仕方ねえ……。降参だよまったく…………。


「……しゃーねぇな! 美味いもん探しにいくか!」

「おぉ〜!」


 ウィニ猫が目をキラキラさせて着いてくる。

 こうなったらこいつの腹を満足させてやれば勝手に帰るだろう。



 繁華街の区画へ続く水路を小船で移動する。

 精霊によって浄化されて澄み切った水が流れる水路はいつ見ても映えるな。


「なあ、ウィニ猫、これって何気にデートだな?」

 俺は俺の中で研究を重ねて極めたイケヴォでウィニ猫に囁く。


「ごはん! ごはん!」


 ……全然聞いてねぇ。



 繁華街の入口で小船を降り立つ。

 さすがに首都の繁華街だぜ。人の往来がハンパねぇや。


 一日中見て回っても飽きないくらい色んな店があるな。


「ラシード、なにしてる。早くつれてけ」

「……お前ほんと風情がねぇな」


 街中を流れて巡る水路を挟んだ両脇には様々な店が活気強く営業している。

 この街の人々は水路を小船で移動したり、石畳で舗装された陸の道を巡るのだ。水路の反対側へは、橋も所々に掛かっているため往来も自由自在だ。


 俺らは舗装された道に沿って歩き、店を吟味しながら歩いた。

 ウィニ猫は鼻をひくつかせて漂う料理の香りを堪能している。


「すんすん……。いいにおい……」


 頻繁にその匂いに釣られて道を外れていくけどな。……あれ、このまま放置したら撒けるんじゃね?


 ……いや、こんな人混みの中にこのもふもふを置き去りにするのは流石にねぇわ。人攫いに攫われるかもしれねえしな。そういう輩はどこにでもいる。特にこういう活気のある場所には紛れているもんだ。


 ……そう考えたらやっぱこいつをきちんと宿に帰すまでは安心して後の『お楽しみ』を満喫できねえな。ったくよー。


 ……せめてウィニ猫がサヤみたくもうちょいと、……こう、出るもん出てたら言うことねえんだけどなー……。はは。


「む……。ラシード、今なんか、いかがわしいこと考えた?」

「な! こ、こここの超絶紳士のラシード様に向かって何を?!」


 ウィニ猫がジト目でこっちを見てくる。なんでそういうのは鋭いんだろうな……。


「……わたしの魅力に、のうさつ、されたのはしかたない。オスだもんね」

「おいその顔やめろ」


 悩ましいポーズを決めて妙に勝ち誇ったような顔で俺を見るウィニ猫は、意味不明な言葉を吐いていた。しかしなんだこの滲み出る敗北感は。俺は何にも負けてねーぞ……。


「そういうのは、もっと育ってから言え!」

「んにゃー!?」


 顔に飛びかかられた。



 その後も店選びをしながら繁華街を練り歩く。さっきウィニ猫に引っ掻かれてヒリヒリするところを摩りながら歩いていると、なんとも食欲をそそる良い匂いが鼻を擽る。

 ウィニ猫もその匂いが気になったらしくその匂いを辿ると、俺に振り向いて手招きしていた。

 ウィニ猫の表情は満面の笑みでよだれを垂らす、それはもうめちゃくちゃだらしない顔をしていた。さっき悩殺がなんだと言っていたやつの今の顔が、これだ……。



「ラシード、ここ入ろう!」

「……へぇ。なかなか良さげだな。よっしゃ、入るか!」


 赤い屋根のレンガ作りの外観の、落ち着いた雰囲気の飲食店だ。

 木製のドアを開けると、外に漂っていた料理の匂いがさらに強く香って来ると、俺の胃袋は降参の音を上げる。


 そこそこ客は入っているな。これは良い店を引いたかもしれねぇな。こういう時の、絶対の安心と信頼のウィニ猫の嗅覚はさすがだな!


 二人用のテーブル席に通され、俺とウィニ猫は向かい合って席に着く。

 ウィニ猫は待ちきれないとばかりにしっぽを左右に振っており、俺はそれを掴みたくなる衝動をぐっと堪えていた……。


 ……今日は獣人のオネーチャンがいいな。何がとは言わんが。

 何がとは言わんがッッ!



 そして料理を注文し、出てきた料理をまずは見た目で楽しむ。

 ウィニ猫は言わずもがな、さっそく美味そうに頬張っている。


 ウィニ猫が食べているのは、何種類もの香辛料をミックスしたスパイスを使い、野菜や肉を一緒に煮込んだとろみのあるシチューのようなものだ。

 いわゆるカレーだ。さっき香ってきた匂いはこいつの仕業だ。


 帝国や神聖王国では割と一般的にも食べられている料理だが、東方部族連合出身のウィニ猫にとっては珍しかったようだ。


 暑くて少し辛いカレーを焼き立てのパンに付けて、はふはふと幸せそうに食べる様子は、見てるこっちまで嬉しくなっちまうな。


 俺は初めて入る店では必ず、この店のおすすめを注文する。

 それで店の何を推してるのか測るのさ。それにおすすめなら外れはないだろ?


 ……だが、この店のおすすめは、ウィニ猫のよりも何倍も辛く調整した激辛カレーが出てきやがった。店のチョイスを間違えたぜ……。


「――おかわり」


 ウィニ猫恒例、おかわりの炸裂だ。余程お気に召したのか同じものを注文していた。

 こいつの底なしの胃袋には毎回驚かされるんだ。マジでそんな小さな体のどこにそんなに入っていくんだ? まさに神秘だわ。

 ちなみに俺はさっきから手が止まっている。空きっ腹に激烈香辛料が俺の胃袋ちゃんにをダイレクトアタックして悲鳴を上げているのさ。

 ……あとでサヤに回復魔術掛けてもらおう。


「――おかわり」

 さらにおかわりは続く。ちなみに俺の金で。



「なあ、ウィニ猫は自分の金もうないのか?」

「むぐむぐ……んあ? あるよ」


 ウィニ猫は3杯目のカレーを貪りながらしれっと答える。


「んじゃなんで俺にたかるんだよっ! 自分で払えばいいだろ!」

「ふふん。ラシードわかってない」


 ウィニは持っていたスプーンを俺に向けてドヤ顔で胸を張る、通称ドヤポーズで宣う。


「人のお金でたべるごはんは至福! とくにラシードのは」

「おまえ思考終わってんなッ!?」





 それから幾度目かのおかわりコールのあと、ようやく満足したウィニ猫と共に店を出た。

 人の金だと思って遠慮なしに食いやがって……。後で絶対もふもふするッ!


「ごちそうさま、じゃ、帰る」

「お、おう…………。気をつけて帰れよ……」


 満腹になって眠そうなウィニ猫があっさりと帰っていき、俺はその背中を釈然としない気分で見送った。



 ……だが、これでようやく俺一人の時間がやってきたぜ。


「……よし、お子ちゃまは帰った。ここからはお楽しみだぜ、ぐふふふ……!」


 俺はくるりと方向転換させて、ウキウキで歓楽街に足を向け、めくるめく魅惑の楽園へと歩いて行ったのだったッ!

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